昭和37年当時、20才の私は、全国の働く青少年誌『若い広場』に夢中でした。
高校時代から、「小説」を書き始め、授業中に回し読みをして貰っていましたが、
全国誌への初投稿が特選に選ばれたのです。

@nkouの初投稿が「特選」に

 

 A6版 160ページ

 毎月 1回発行

 定価 80円

 

 千羽の折鶴

 トミー、千羽鶴ありがとう。
ちょうど僕が成人式を迎える前の夜だったね。君が約束の山田橋へ来た時、右手に大きな風呂敷包みを持ってたんで、僕(なんだろうな)って考えたんだ。

 大正時代に造られたという欄干のない、石材をならべた小さな橋に腰かけて、四つの足をブラブラさせながら僕たちは話しこんだっけ。そして「これ、なんだかわかる?」その可愛い目を月の光に輝かせながら、君は風呂敷包みを目の高さまであげて、僕にさわらせたな。
 僕はそのガサゴソとしたものがまさか折鶴だろうとは、思いもつかなかった。だから、君が五百羽ずつ通しているという二つの輪のひとつを、僕の首に幾重にもまきつけてくれた時、僕はただ夢中で「これをオレにくれるんか?」と尋ねたっけ。君はいたずらっぽく首をまげてオレの方をのぞき込みながら「貰ってくれる?」と逆にききかえしてきた。「よろこんで貰わしてもらうよ」あやしげな日本語だったが俺には問題でなかった。
 いろいろな包み紙で折られた一羽一羽のツルは、折り目正しく、行儀よく一本の糸でつづられていた。その折鶴の輪を俺はもの珍しく眺めて、(女の子って器用なもんだな)と 感心していた。
「ヤスユキちゃん」ポンと足をけった君の言葉で、折鶴の輪が水量の減った川面に届こうとしているのを知った。そうしてみると鶴の行列は四メートルを越えていることになる。
「よくもまァこんなに折ったもんだネ」君の首にもう一つの輪をかけてやりながら尋ねた僕の言葉に、君はこう答えたっけ。
「うちネ、去年、いやもうおととしになったわね。その大晦日にただなんとなくラジオのさよなら放送を聞きながらツルを折っていたの。除夜の鐘がなるころ、たくさんたまったオリヅルに、ふと千羽鶴を折ってみようかな、と思いついたんだわ。今度の正月までに折りあげてみようと考えていたんだけど、六百羽ばかり折っていた八月頃、アナタから手紙をもらったでしょう?」

 ここでトミーはその頃のことを思い出したのか、言葉を切って僕の方を見た。「それからはアナタの成人式までに折りあげようと思って折ってきたの。アナタにあげるという目的ができたので、あと四百羽は楽しかったわ。一羽一羽をアナタのことを思って折ってきたのよ。」君はいたずらっぽく笑って僕の方を見たっけ。

 「ほう、だいぶ口もうまくなったな。それで僕にくれた方が、その八月以後のだといいたいのだろう」「そう先に言われちゃ、うちの言い分がなくなるわ」笑い合いながら、僕達はまた、あきることなく去年の八月のことを思い出しては話し続けたね。

 君は、僕がおもいきって手紙を渡すまでは僕のこころに気ずいていなかったという。君が鶴を折り始めたよりも早く、ひそかに想いをよせていた僕は、君のことが思われる時小さなノートに話しかけていた。そしてこのささやかな君との交流も一年を過ぎ、ノートも二冊目になった時、僕はこのノートを君に見てもらおうと決心したんだ。
 新聞の片隅に連載されている『今日の運勢』で「良き反響のある日、思い切ってぶち当たれ」という二月生まれの欄に勇気づけられた僕は、と名づけたノートに、手紙をそえて君の家へ持ってきたんだ。それは今でも覚えている。八月二十七日のことだった。

   二日後の約束の夜、僕はとてもおちつかなかった。正直に言うと、石橋の上をカラコロと下駄の音をたてて、行ったり来たりしていたんだ。やがておぼろげな月の光に、君の清楚な白シャツが見えた時、僕は悪いことをしたみたいで、じっとあの橋のたもとに立ったまま君を迎えたっけ。
   あれからカスリ姿の君と送った秋の夜も過ぎ、初めての冬になった。小さな部落のことだから、僕達はまだ人目を避ける仲でしかない。でも、寒空に凍ったような星が光っていても寒いとは思わない。
 僕は君の目の中に映ったお月様をのぞきこむのがとても好きだ。君はあまりみつめるなと言う。でもオレ、君の目をみていると心がしずまるような気がするんだ。
 そして君は、「千羽鶴、千羽鶴」と喜ぶオレを「五百羽しか持っていないくせに…」と笑う。しかし僕は「君のと僕ので千羽鶴じゃないか」と抗議する。

 そのオリヅルを僕の部屋にはりめぐらしていたら、おフクロの奴「それ、どうしたんだい?」と尋ねやがった。ニヤニヤして答えない僕に、「まァ、この子ったら自分ばかり喜んで…」。得意の横目にらみはおフクロの機嫌が良い時なんだというぐらい、オレだってちゃーんと知っているんだ。おフクロが階段を降りていってから、この手紙書いたんだ。

ではまたね、さょうなら


 

  @nkouのつれづれ大草に戻る