平成12年4月30日(日)      昨日は、みどりの日。 母の想い出。

私のホームページにようこそ! お待ちしておりました。
今日は少々長い よもやま話になりそうです。 お付き合い下さいますか?

昨日は、みどりの日。
緑化運動に半生を楽しんだ私の亡き母の話です。

立花( JRの尼崎駅と甲子園駅の間 ) に住んでいた頃、
母は、池の埋め立て地を公園として
残す運動を始めたのです。

町内の有志と共に、廃品回収などで得た資金で肥料、
ショベルや散水ホースなどを買い揃え、
市の協力も願って緑化運動の輪を広げて行きました。

それと、公園の一角に児童館を造ってもらう事も行政に要請しました。
35年ほど前に職業婦人が ( 当時はそう呼ばれていた ) 増えていく事を考え、
児童館の必要性を思ったのです。

病気がちで、平凡な主婦である母のどこに
そのエネルギーがあるのか不思議に思いながら、
当時10代だった私はよく肩や足を揉まされたり、時には母の代わりに公園の土越し、
花の水やりに行った事を懐かしく思い出します。

この活動は県知事賞を受けましたが、 ( 当時の兵庫県知事は佐賀県出身の坂井知事 )
その折、惜しみなく力を貸してくれた方々に、
心からの感謝の気持ちを表わしていました。
母は、市の日雇い労働者の方々の マドンナでもあったみたいです。

その後、緑化推進は
” 市政の3本柱 ” の一つに位置付いて発展して行きました。
住民の主義主張をはっきりさせた上、行政とうまく係わっていたようです。

男女共同参画という言葉もない時代、気負いもなかったみたいで、
自らを ” 花好きの極楽トンボ ” と言って飛び回っていました。

まずはやる気。そして仲間と共に学び、歩き、時には転びながらも、
おもしろ楽しく活動していたようです。

先日、神戸に帰った折、途中下車をして立花の若松公園に寄ってみたら、
その頃植えた桜の苗木は見事な大木に成長し、樹々の枝が繋がって、
こっぽりと、まるで桜の花のドームが出来ていました。

大勢の人が集まる都会の真ん中の 憩いの場となっているようです。
児童館も新しく建て替えられて、充実した施設になっていました。

夜も更けて、その桜のドームに包まれた時、
久し振りに母に抱かれたような心地がしました