
ようこそフォーラム鹿島のホームページへ。
フォーラム鹿島5代目代表世話人の藤松です。
早いものでフォーラム鹿島創立26年目を迎えます。
『第25回鹿島ガタリンピック』
干潟(がた)にはまればG遊人(じゆうじん)
しょっぱいけど クリーミー
私達は、このガタリンピックを通して、自然への畏敬の念を忘れず、
ふるさと佐賀・ふるさと鹿島の魅力を再認識するとともに、
人と人のつながりの大切さや助け合う心・ありがとうという感謝の気持を世界に発信し、
未来へ継承していきたいと思っています。
大会当日や干潟体験の修学旅行を通して、未来を創る子供たちが干潟に飛び込み、
干潟にすむ生物達と遊び、干潟自体が生きていることを体感し、
自然を慈しむ心が芽生えて育っていくことを願っています。
今回も大会にはガタリンピックが縁で交流している韓国全羅南道高興郡の皆さんや
釜山外国語大学校の学生さん、佐賀大学の留学生の皆さん、
佐賀県内ALTの皆さんなどが参加予定です。
また国内では全国鹿島サミット、新潟県十日町市「あてまフォーラム」などよりお越しいただき、
みんなで楽しみます。
どうぞ鹿島の地へ、来て・観て・触って肥前鹿島の自然・人・風土をご堪能ください。
フォーラム鹿島代表世話人 藤松義将

「プロ市民」が育つまちをめざして 「フォーラム鹿島」がめざすもの
1.フォーラム鹿島の設立
昭和59年(1984年)当時、鹿島JC(青年会議所)理事長の桑原允彦氏(現鹿島市長)が、
佐賀県総合計画の中で、高速交通体系である新幹線や高速道路が鹿島市を通らないことなど、
ふるさと鹿島の未来に危機感を持ち、自分たちの力で鹿島のまちづくり参画していこうと
市内のいろいろな団体、個人に呼びかけ結成されたのが「フォーラム鹿島」である。
2.目的と活動のテーマ(理念)
鹿島市民が、職業・地域などの枠(ワク)や、際(キワ)を超えて集まり、
愛する「ふるさと鹿島」のまちづくりのために次のテーマを掲げ活動を開始した。
| ○まちづくりへの三つの際(キワ)の排除 |
@業種(職業)間のキワ(商工業、農林水産業など)
A官民(市民と行政)間のキワ
B地域(市内6地区:旧町村)間のキワ |
| ○まちづくりでの三つの目的 |
@郷土愛の育成(ふるさとに自信を持つ)
A人財(人材)の発掘と育成→市民力(プロ市民)育成
B地域(ふるさと)の活力の持続(維持) |
| ○まず、何をやるか(行動する) |
@イベントによる地域活性化
→鹿島ガタリンピック誕生
A国内交流(地域間交流)・国際交流
B各地の地域づくり活動との連携・交流・支援 |
3.鹿島ガタリンピックの誕生
昭和60年(1985年)、有明海に面する鹿島市七浦に鹿島市海浜スポーツ公園
(干潟公園:現在の「道の駅かしま」)がオープンし、その記念イベントとして、
干潟での大運動会(干潟のオリンピック「ガタリンピック」と命名)を企画して
「第1回鹿島ガタリンピック」を開催した。
○鹿島ガタリンピックの目的
@交流人口の拡大と活用
A干潟観光の創造(逆転の発想)
B地域(鹿島)からの情報発信
C4F戦略(4Fとは、四つのファンづくり戦略) |
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| (4F戦略)四つのファンづくり |
@地元のファンづくり |
フランチャイズ(本拠地)ファンを拡大する。
郷土愛、郷土への自信、誇りを育む。 |
交流人口bPのまちづくり |
| A日本全国のファンづくり |
鹿島の存在感を打ち出し、その名を全国に知らしめる。
→地方からの情報発信 |
| B都会の子供たちのファンづくり |
将来的なファンづくり、鹿島のひいき客(ファン)になってもらう。 |
| C海外・外国人のファンづくり |
国際化時代の先取り。国境を越えた文化やモノ、
情報の交流が将来の発展へつながる。 |
4.「プロ市民」の育つまちをめざして
鹿島には「プロ市民」という言葉がある。
市民は、市役所(行政)に不平不満をいうばかりではダメで、行政や補助金に頼るばかりでなく、まず
「自分自身が、ふるさと鹿島のまちづくりのために何ができるか考え、具体的に行動する」
という考え方である。 「官民協働」は古くて新しい永遠のテーマであり、
市役所(行政)とその職員は、まちづくりの仲間の一員(プロ市民の一員)として、
ともに力を合わせる事が大切で、「官民協働」の成否が、
まちづくりの成否を分けるといっても過言ではない。まちづくりは総力戦である。
また、まちづくりは終わりなき闘いで「引退」や「定年」はない(→生涯現役)と心得るべきである。

準備中
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