犯罪被害者となって


 私の母は、五月三日に、バスジャック事件で、少年によって殺害されました。母が、こういう事件に巻き込まれるなんて想像だもできませんでした。でも、実際巻き込まれたわけです。巻き込まれて思ったことは、これは他人事ではない、誰のみにも起こりうることを痛感した次第です。明日自分のみにもおこるかも知れないというふうに思って、この事件のことを、みなさんに、考えてほしいと思っています。


 被害者になって思ったことは、政府は被害者に対して何もしてくれないというのが第一印象です。生活も、心の痛手もすべて自分の力で立て直すしか方法がありません。今のままの状態、放置された状態の中では、被害者は厳罰主義を望む以外に手だてはないんです。だって、自分のこの燃え盛るような恨み、泣叫ぶような感情、これをしずめるためにはそれしかないんです。でも、それは何かというと、江戸時代で言う仕返し、あだ討ちの思想なんです。それは本当に非生産的なことです。それを行ったからといって、僕の何が変わるでしょう。何も変わりはしないんです。では、どうすれば僕の心がすくわれるのでしょう。
 少年は、刑期を終えて出てきて社会に復帰し、知らない土地へいって新しく生活を始める。一方被害にあった人は、一生、病院へ治療費を払い、一家がめちゃくちゃにされ、 少年はどこへ行ったのかもわからない。こんな状況の中で、いま、僕に少年法の問題を、少年の更正を問われても、正直考えられないというのが本音です。少年法というのは少年の更正ということが目的でありますけれども、更正というのはなんなんですか。更正と結う言葉の意味を誰も考えていないのじゃないかと思います。被害者にとっての少年の更正とは、自分の罪を自覚し、僕達に、本当に済まなかったと、涙を流して、手をついて謝り、自分の罪を一生かかって償う、済みませんでしたという心以外にはないのです。その心が、本当に僕に伝わったなら、少年を許す気持ちがうまれるかも知れませんし、少年にとっても、それが更正じゃないでしょうか。すなわち、少年が本当に更正するということは、被害者も救うことなんです。社会に対する罪は刑罰で償われますけれども、被害者に対する罪は、本当の意味での更正によってしか償われないのです。


 これが、被害にあった僕が必死で考えた被害者救済の方法です。これは、少年犯罪だけに留まらず、すべての犯罪被害に通じることのように思います。ぜひ一度、真剣に考えてみて下さい。  


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