ご馳走さま
友人と食堂に寄りました。食事を終え出口で代金を払って何気なく「ごちそうさま」と言いました。後で友人が「金を払って、その上お礼を言うのか、ご丁寧なこっちゃ」と笑いました。なるほど「ご馳走さま」は食事を供してくれたことに対してのお礼になっています。代金を払って食べたのですからお礼は無用、お礼を言うのはむしろ食堂の方だということでしょう。「ご馳走さま」の本来の意味は食事を供してくれた相手は勿論、今この食事が供されるまで幾頭の馬が馳けめぐり(馳)、幾人の人が走り回ったものか(走)、眼には見えないが様々なものが働いて私のこの身体を支えてくれているのだ。なんと有り難いことよ、なんと勿体ないことよと、天地一切のものに対する感謝を表す言葉です。代金を払って食べたのだからお礼などいう必要はないということではないのです。その意味では山海の珍味だけが、「ご馳走」ではなく、一椀のご飯、一杯の水でもご馳走に違いありません。これは仏教の冥加(みょうが)、冥見(みょうけん)の考え方で、眼に見えないものの恩恵、加護をよろこび天地一切のものに対しての感謝の念を持って生きてゆく世界観、人生観です。慌しく生きている我々現代人も、もう一度味わってみてもよい事ではないでしょうか。
かけがえのない私
「かけがえのない人」、「かけがえのない人生」など、「かけがえのない」という言葉はよく用いられている。この私も「かけがえのない私」である。では、この私がなぜかけがえのない私なのであろうか。この世に生を受けたものは、自己の思いとは別に、いつかは必ず死んでいかなければならない。そしてその生きている現在の命の長さもほぼ80年前後(平均寿命)である。この果てしない宇宙の中に、地球が誕生して45億年、ほ乳類が生まれて約1億5千万年、人類が発生して200万年、そして現代人が出現して約5万年といわれている。この地球の歴史に比べて、人間の一生はわずか80年、なんと短い人生なのであろうか。こんな短い人生なら、どのように生きようとあまり問題にはならないのではないか、ということになるかもしれない。しかし、この私が「かけがえのない私」といわれるのはそれは、どうも人命の長さによるのではないようである。石炭とダイヤとは同じ炭素からできている。同じ炭素だからといって、私たちの世界で同一の値をもって扱われているだろうか。いうまでもなく石炭に比べてダイヤの値はなんと高いことか。では、なぜダイヤに価値があるんだろうか。すなわち、ダイヤに価値があるのは、石炭は多く産出し、ダイヤは数が少ないからである。すなわち、ダイヤに価値があるのは、石炭に比べて数が少ないという希少価値によるものである。人間の価値は、ダイヤのような希少価値なのであろうかと考えてみると、どうも人間の尊さは、希少価値ではないようである。では一体人間である私が、なぜ「かけがえのない私」なのだろうかということである。人間のかけがえのなさは、地球上に無数の人類が存在するが、この私は世界中でただ一人、すなわち、「唯一性」をもった存在であるということにある。地球上に生を受け、今こうして生きているこの私、誰とも変わることができない世界中でただ一人の私なのである。そしてこの私は、現在の私に至るまで、無数といってよい過去からのつながりの中に存在している。また未来に対しても、無数の未来を作り得る可能性をもった私である。もし無数のかかわりを持つ者の中に、誰か一人でも欠けていれば、現在のこの私の存在はあり得ないのである。また、今ここに存在しているこの私がいなければ、可能性としての未来の無数の人間の存在は全く考えられないことになるのである。このような事実に目覚めてみると、この私は、たとえ短い一生であっても過去と未来を結ぶ、なくてはならない重要な一個の人間なのである。
インターネット
わたしは最近インターネットに夢中になっている。6年前に学校業務のためにパソコンを購入、主にワープロや成績処理として使っていたが、2年前に、それではもったいないと同僚の先生の勧めもあって、始めたのがきっかけである。今はISDNを導入したので、暇さえあれば、パソコンと向き合った状態である。機械オンチの若坊守はこんな私を見て、「何が面白いの?」といつも口を尖らせて小言を言っているが何を言われてもやめるつもりはない。先頃、御門徒の年忌法要にお参りした際、勤務する高校のホームページを作成された先生とお話しする機会があった。今や学校選びもインターネットでという親子も増えているようで、どの学校も真剣にホームページ作成に取り組んでいる。現に佐賀龍谷学園も百二十周年記念事業としてホームページを開設する予定である。また仏教界でも、ホームページを作成した各宗の本山や末寺が増え、歴史・教義・活動内容等の情報を公開している。なお、佐賀教区にもホームページを開設している寺院がいくつかあるが、この前、三根組のある寺院のホームページに電子メールを送信したところ、返事をいただき、お会いする機会に恵まれた。これからもこのようなインターネットによって恵まれた御縁を大切にしていきたい思う。21世紀には今以上にインターネットを使った布教活動が行われるだろう。パソコンさえあれば御法話を聴聞する事ができ、お寺参りもできる。そういう時代がまもなくやってくる。
他力
芥川賞作家が書いた『法華経を生きる』とか、直木賞作家の『他力』等の仏教書が、今盛んに売れているようです。『法華経を生きる』の本には、「信じる者は救われるなどという安易な他力本願ではなく、自分を救うものは自分自身でしかない」と書かれています。一方、『他力』という本には「一般に他力本願などと安易に使われ”あなたまかせ””他人まかせ”の意味で用いられ”自助努力”の反対の表現として通用しているようです。最近流行の”自己責任”を強調する際にも、他力本願ではいけない、と言われたりします。しかし、他力の本当の意味は、決して単なる”無責任”ではありません。ひときはくっきりとした強い世界観にもとづく大きな思想であり、出口なき闇の時代にキラリと光る、すさまじいパワーを秘めた<生きる力>です」と、あります。ところで、親鸞聖人は「他力といふは如来の本願力なり」とお書きいただいています。阿弥陀如来の本願力の廻向によって信心をめぐまれ、念仏を申す人生を歩み、浄土で真のさとりに至る教えです。そればかりではなく「蓮華の国に生まれては、真如のさとりひらきてぞ、生死の園にかえりきて、まよえる人を救うなり」と、還相の徳までも恵まれていると説かれています。私個人の限られた力”自力”で、どんなに努力しても、とても及ばない仏さまの大きな働き”他力”。加えて、自己中心で気づかなかった、数多くの力”多力”が味わえてくると、南無阿弥陀仏と口にし、耳に聞く豊かな生活が与えられそうです。 『佐賀組報』第14号より
教えが大切
近頃、校内暴力と言って、学校の先生に乱暴する生徒がいると、テレビ等で知らされます。昔は、私たちが生徒だった頃には、考えもしなかったことです。昔は何事もみな上下秩序で、三歩下がって師の影を踏まず、と言われ、先生と言えば何かと尊敬し、敬慕し、先生の笑顔や不機嫌な顔に、一喜一憂したものでした。今はすべて同位秩序でありますから、平気で先生の悪口を言ったりする時代です。しかし教師の人格や能力は別として、教えられる教えそのものは、大切にいただかなければならないのではありますまいか。民主主義が自己主義になり、教えによって、自己の生き方を不本意にされることを嫌っても、教えまでも軽んずることがあってはなりますまい。私は二、三時間ぐらいのところなら、自分で車を運転して、布教の会処に行きますが、はじめてのお寺の時は、必ず前もってお願いして、道順を書いた略図を送ってもらいます。車でほんの二、三時間はなれたところに行くのでも、教えてもらわなければ行き着けないのです。まして、人間が一生かけて歩いていく道です。救いを求めて、幸せを求めて懸命に歩き続ける道なのです。正しい教えを受けなければ、どうして目的地に着けるでしょうか。その時、教えが間違っていたら話になりません。今の世の中には、人々の無知と欲心につけ込んで、人々を地獄に突き落として自分だけが金儲けしようとするような、悪質な教えも沢山あります。私達が救われるためには、先ず正しい教えを受けなければなりません。陽は東より出でて、西に沈むは、いつも変わらぬ天のまことなり。春に花咲き、秋に実るは、いつも変わらぬ地のまことなり。罪悪深重の凡夫が、このたび仏になるは、いつも変わらぬ如来のまことなり。永劫かわらぬもの、それが真実の一つの姿なのであります。
ある看護婦さんのホームページにすばらしいお話が掲載されていましたので、紹介させていただきます。教義には反する言葉があるかもしれませんが、そのまま使わせてもらいました。
私の記憶では
ものごころついた時には死者を恐い存在として受けとめていたように思います。幽霊やお化けなる恐いものと死者は同じ存在でした。いつの頃か
人が死ぬと死者となることを実感し そして、
その魂のぬけがらの身体がそこにあっても
恐いものと思わなくなっていました。私は仕事柄
死者に接することが 一般の人よりも多い為でしょうか。。。
その昔からの日本の風習で「お清め塩」なるものがあります。葬儀に参列した人が自宅に帰った際に不吉なものを払うという意味合いで塩をまくことです。私はかねてから
死者を穢れたものとしての扱いをしている日本の風習に疑問を感じていました。それは
「お清め塩」も、あるいは、病院の霊安室のあのかび臭い暗い場所のイメージもあるいは、亡くなられた患者さんを葬儀屋さんの車へ運ぶ際に病院では裏口から運ぶと言うことも、また、葬儀の際
お棺は玄関から出さず
窓などから出すということにも、当然反映していると思います。最近
知人の葬儀に参列した私は
葬儀屋さんの文章に深く感銘させられました。以下
その文章を転写します。
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お清め塩」は廃止いたします。
「清め塩」は殆どの葬儀で会葬礼状に挿入されなかば習慣化
し当たり前のように思われていますが、左記理由によりこれ
を廃止することに致しました。
記
仏式の葬儀は愛別離苦を逆縁として真実の教え(仏法)
に出遭う場であり、「死は生なり、死もまた己れ」と亡き
人から自分自身の生き死にの問題を仏法に聞き、自身を見
つめ直す厳粛な儀式です。
仏教では、決して「死」を「穢れ」と受け止めることは
ありません。
従って、死を「穢れたもの」として「お清め」していく
風習は無残であり、その風習は悲しくも痛ましい限りであ
りますので、仏式の葬儀では教えに照らし「清め塩」を廃
止することにいたしました。
何卒以上の主旨をご了承賜りますようお願い申し上げます。
合掌
○○葬儀社
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この文章が公に出たということは、日本の風習が変わりつつあるということでしょう。あるいは、社会全体の死生観というものが
少しずつ変化しているのでしょうか。悪い風習は悔い改めなければならないと思います。病院においてのそれは今後の私の課題でもあります。
死者を不吉なものとして扱う時代は終ったのです。改めて合掌
追記
葬儀や納骨から帰ったときに「御清め塩」を使うのは、元々神道の考え方だと思われます。忌中に神棚に白紙を貼って隠すのも神様に死体を見せないようにする為ですし、死者を忌み嫌う現れです。仏教でも「忌中」とか「一周忌」とか「忌」という字を使いますが、それは「自身の不正な行ないを忌む」と言う意味で死者に対する事ではないのです。死者の供養をするときには自分の身の振り方を正してから故人の冥福を祈りなさいということです。私たちは人として「命」や「財産」の相続の外に、もっと大切な「心」の相続をしていきたいと思います。そして後世に故人の心を伝えていきたいと思います。
ホームページ 『ななみの部屋』 看護婦日記より
今から2500年前にお釈迦様は、私たち一人のために仏法を説かれ、阿弥陀如来様が、私たち一人一人を救うために本願を誓われたことをお伝え下さいました。この数百年の本願寺の歴史の中で、我が教団が存亡の危機を迎えた時期が幾度かあったのです。この中でも最大のものが、戦国動乱期に織田信長を敵として戦った、「一向一揆」・「石山合戦」と呼ばれる一連の戦いでした。戦国時代の武将の中にあって、極悪非道で名を馳せた織田信長がもっとも恐れた最大にして最強の敵は、上杉謙信でもなければ、武田信玄でもなく、他ならぬ本願寺であったと、歴史家はいっています。信長を敵に回して、本願寺・一向門徒を率いて、法統を守るべく、その先頭に立って戦われた方が、当時の本願寺第11代法主(御門主)であった、「顕如・光佐」でした。この御門主さまは、歴代門主の中で、ただ一人、「鎧を着た御門主」といわれています。信長との戦いは、凄惨を極め、その中でも代表的のものは、「伊勢長島の戦い」として知られています。戦いは幾度に及び、最初は善戦しましたが、最後には何千人もの人々が、信長から皆殺しにされてしまいました。その後、豊臣秀吉と徳川家康などの介入により、本願寺は東西に分裂させられて、今日に至っています。このように、我が本願寺教団は、門信徒の犠牲・血の上に成り立っているわけで、私たちはこのことを、ゆめゆめ忘れてはなりません。
龍谷高校生徒会新聞「合掌」より
『門徒もの知り帳』より
いのちを見つめて
龍谷高校では、毎朝ホームルームの時に「生活信条」が放送で流れます。これは龍谷の生徒として、今あるいのちを喜び、ともに学ぶともがあることに感謝して、今日という一日を力強く生きることを一人一人が確認するもので、生徒諸君は合掌して唱和します。
1.み佛の誓いを信じ 尊いみ名をとなえつつ 強く明るく生き抜きます
1.み佛の光りをあおぎ 常にわが身をかえりみて 感謝のうちに励みます
1.み佛の教えにしたがい 正しい道を聞きわけて まことのみのりをひろまます
1.み佛の恵みを喜び 互いにうやまい助けあい 社会のために尽くします
新聞の論説に、ある中学校の卒業式のことが載っていました。その人は「ありのままの姿を見に来て下さい」という校長先生の言葉に促されて参加したのですが、中学生たちの言動は、想像を遙かに超えた目に余るもので、「これが中学生の姿なのか!」と言葉を失ったそうです。また来賓祝辞が「こんなすばらしい卒業式に参加できて・・・」と型どおりの言葉であったことに、「これがあなた達が育てた子供たちの姿です。どう思われますか?」の一言ぐらいどうして保護者に言えないのだろうか。心が育っていない。これは学校だけの問題ではない。家庭や社会の問題だ。と書いておられます。
福岡に住むMさんは十四歳。未熟児だった彼女は生まれたときから目が見えませんでした。でも、今では一人で自転車に乗ることが出来ます。そこにはお母さんがいました。お母さんはMさんが転んで怪我をしたときも決して手をかさなかったそうです。目が見えなくてもこれから自分の力で生きて行かなくてはならない我が子のことを思う母親の愛情があったのです。
最近日本でも幼児虐待が社会問題になっています。子供を産んだものの育てることが出来ない。いや育てようと言う気持ちがない。二人で食事に行きたいからと赤ちゃんをコインロッカーに入れてしまう親。
以前本校の中学校に講演に来られた大先輩の方が、中学生を見て開口一番こんなことを言われました。「みなさんはいいですね、若いから。若いって、すばらしいことですよ。皆さんはわからないかもしれませんが、私はいつも寝るときは布団の中で、もしこのまま目が開かなかったら・・・と考えるのです。そして翌朝、目が覚めるとホッと安心するのです。」
「生活信条」の生活とは、生命(いのち)を活用する(いかす)ということです。
『龍谷の教育』No.72より
お墓の形や大きさは?
これは仏教全般に言えることですが、真宗ではお墓の形や大きさについて、一切、こうでなければならないという決まりはありません。だから結論から先にいえば、自分の思い通りのお墓にしていただいて何ら差し支えはないのです。というと、かえって困ってしまう人も多いと思いますので、目安として簡単に述べておきましょう。
まず、お墓の型で圧倒的に多いのが位牌をかたどった標準型、角石塔などと呼ばれるをお墓です。また長方形の洋風型のお墓も、最近は、よく見かけるようになりました。このほか、五輪塔や宝きょう印塔、神道碑、地蔵碑などがありますが、これらは、まず門徒の方のお墓として用いられることはありません。やはり、ほとんどが標準型といわれるお墓でしょう。その理由は、南無阿弥陀仏の名号を刻みやすい形になっているからです。
次に大きさです。大きいから立派、小さいから貧弱だという発想は捨ててください。そういう大小の違いや、要した金額の多少で比較するような心で、お墓を建てたとしたら、それはもうお墓ではなく、建立した人の財力や地位を背景とした見栄や虚飾の石塊にしか過ぎないからです。そういうことからすれば、大きさは、他のお墓と調和するような平均的なものがいいのではないでしょうか。
墓碑とは別に法名碑(真宗では霊標とはいいません)を建てることもあります。法名碑とは、お墓におさめた故人の法名を順に刻んでいく石碑です。例えば、従来のお墓の側面や裏面に法名を刻むスペースがなくなってしまった時などです。
また、比翼塚と呼ばれるお墓を建てるならわしのあるところもあります。帰敬式(おかみそり式)をうけ、夫婦二人の法名を一つの石碑に刻んでおくのです。なかなかほほ笑ましいお墓ではありますが、都会地などでは墓地のスペースの都合上、少し無理が生じるでしょう。
真宗では特にお墓の大きさや形に決まりはありません。
『門徒もの知り帳』より
門徒のお墓は、どう違う?
お墓がない島が瀬戸内海にあると言うことで、あるテレビ局がそれをレポートしようと言うことになりました。もちろん、無人島ではありません。ちゃんと島の人々がいて生活しています。お墓がないということはどういうことなのかスタッフは意気込みましたが、結局は番組にはなりませんでした。
理由は、お墓がないという風景をテレビという映像でいくら熱意を込めて紹介してみても、視聴者にとってその映像は、単なる瀬戸内海の島の一つの風景にすぎないからです。特殊な形をしたお墓があると映像で紹介する事はできますが、お墓がないということを、映像ではとうてい紹介できないという、当たり前の理屈がわかったからです。
お墓がないところは、この他、北陸の一地域にもあります。お墓がなくても、特に気にせず日常生活を送ることが出来るのは、先ず真宗の門徒にかぎられるといってもいいでしょう。こういうと、何と真宗の門徒はご先祖を粗末する人たちなのか、だから「門徒ものしらず」とバカにされるのだという声が聞こえてきそうです。ばちが当たるぞ、と脅かす人もいるでしょう。
しかし、何も、お墓を持たないことが素晴らしい、お墓など不要だとは決して言っているのではありません。ご先祖を粗末にしてもいい、といっているのでもありません。
真宗の門徒は、もちろんご先祖を大切にします。が、その大切の仕方が違うのです。亡き人やご先祖のお墓に手を合わせ、お供えをしたりして、いいことを差し向けよう(回向)という形として「大切にする」のではありません。亡き人やが先祖のお徳をしのんで、この私にかけがえのないいのちを与え、育ててくださったご恩に感謝するという形で「大切にする」のです。
ですから、お墓で手を合わせるのは、ご先祖のためではなく、感謝の気持ちを捧げ、ご先祖がたが礼拝してこられた如来さまに手を合わせるのです。そのため、真宗の門徒のお墓の正面には「南無阿弥陀仏」と刻まれているのです。
●ふつう門徒のお墓の正面には家名ではなく、「南無阿弥陀仏」と刻むようにします。
『門徒もの知り帳』より
除夜の鐘
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり・・・・・大晦日の夜、寺々でつかれる除夜の鐘の音を聞きながら、過ぎ去った1年を思い反省し、新しい年への期待を込めるのが日本人の習慣となっています。除夜とは、除夕(じょせき)ともいい、一年で最後の晩、大晦日の夜のことです。行く年送り、来る年を迎えるに当たって、私たちは過去の垢を落とします。部屋を掃除し、身体の垢を風呂で流します。しかし、心の垢はそう簡単に落ちるものではありません。私たちの心の垢は煩悩と言い、百八もあるのです。その百八の煩悩を除去し、清浄(しょうじょう)な心身で新年を迎えるため、寺々では百八の鐘を除夜につくのだといわれています。浄土真宗のみ教えは煩悩をもったまま救われていく教えです。そのため御本山は西本願寺では除夜の鐘をつきません。ただし別院、一般の寺院は習慣として除夜の鐘をついています。なお鐘をつく前に除夜のお勤めをやり、また終わった後で修正会(元旦会)を行うところもあります。佐賀組内では願正寺・真覚寺でつかれています。あなたもついて心の垢をおとしてみませんか!
『佐賀組報』より