家づくりを後悔や失敗
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業界30年のベテラン大工が告白
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このホームページは家を売り込む為のものではありません。
あなたが後悔や失敗をしない為の選択基準として下さい。
 
住宅業界の不透明な部分をなくしムダな経費を省く取り組みをしています。
  まだムダ金を使いますか?
私たちが提供するのは「自然素材使用の手作りアイデアハウス」
合板も張り物の既製品も使わない住み心地のいい【木の家】
               体に優しい自然素材を適材適所に使います。
   
   今年のテーマは「30代の子育て支援ハウス」
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      子育て中のお母さんが育児や家事を楽しく快適にできるプランです。 
  
   【手作収納家具・おもしろ勉強机・ヒーリング寝室・自由発想】 
   
 
住宅建築支援ネット【木構香】
住宅建築支援ネット【木構香】
(有)建築サポート






住宅建築支援ネット

「快適な住み心地、くつろぎ、やすらげる本物の家に住む喜びを多くの人に感じてもらいたい」それが、住宅支援ネット木構香&()建築サポートの始まりです。

私たちがつくる家は、商品化される企画住宅にはない個性的な内装、外観、住み心地になります。

楽しいオリジナル性を追求し、規格の新建材や合板を使えない内装となるため、窓枠、出入り口枠、階段、洗面台など家づくりのほとんどは、大工による手作業です。


完成した家は建築サポートの職人や住宅建築支援ネットの仲間たちが、丁寧に心を込めて造った、他にはない本物の価値ある家です。

もちろん、その家はあなたの要望、希望を十分に取り入れ、他に同じ物がないあなただけのオリジナルの家です。私たちの造る家は完全な注文住宅。

私たちの造る家を気に入ってくれたら、私たちの考えに共感していただいたら、あなただけの個性ある家を丹精込めてつくります。


住宅建築支援ネット木構香&()建築サポートは「建主、設計者、施工者が和もって協力し、すべての人々が夢と希望と喜びを感じるような楽しい家づくり」を通じて、社会と地域に貢献してゆくことを原点とし、「ありがとう、いい家ができたよ」と言われる家づくりに挑戦していきます。

【住宅建築支援ネット木構香&()建築サポート会社理念】






職人時代


私は佐賀県藤津郡塩田町で木造住宅を建てている木構香「(有)建築サポート」代表の高井弘一郎です。
はじめまして

ここで少しだけ私の自身の事をお話します。


弟子時代

私は、中学卒業後すぐに大工職人の元へ弟子入りしました。中学の担任の先生は高校には行きなさい
と言われていましたが、どうしても行く気になれず、大工の道に進みました。
親方の所へ住みこみの弟子入りです。弟子の期間は約5年です。

とても大変だった事を覚えています。同年代の人が自由に遊んでいるその横で、汚れた格好で親方に怒鳴られ悔しさをじっとこらえながら必死で仕事をしていました。もっちろん弟子ですから決まった給料なんてありません。とてもつらかった時代でした。弟子離れできる日をまだかまだかと思って頑張っていました。その頃の家づくりは、今のようにプレカットがなく全て手刻みで柱、梁、桁などを加工していました。中学卒業したてのまだ子供の手だったのでハンマーを握る手に血豆ができそれが破れて血だらけになっていた記憶があります。そして道具(鋸、のみ、カンナ)の手入れをよくしていました。

昼食後少しでも休んでいると親方から怒鳴られたものです。休んでる暇があったら道具の手入れをやれと怒られていました。
休日も決まった休みはなく正月、盆だけでしたね。とにかく弟子の期間はつらく大変でした。
でも今思うと弟子の期間もムダではなかったのです。大工の技術はもちろん、師弟関係、職人と弟子との関係、施主さんとの関係など人間関係、言葉使いなどをいやと言うほどしこまれました。


職人時代

20歳になりやっと弟子離れをする事ができました。
いろいろな工務店にお世話になりました。
弟子離れをして職人として働いていましたが、まだまだわからない事も多くあり仕事をしながら先輩職人からも教わり自分でも勉強しました。特に田舎の入母屋の家、本化粧などは奥が深い建物です。
また、私が職人時代は新建材の多用時代だったようにも思います。

特に押し入れのベニヤ貼りはひどかったようです。狭い押入れの中で作業していると、目はチカチカ喉はイガイガ今思うにそれがシックハウスの元であるホルムアルデヒドの害でした。
現在の建材はほとんどこの有害物質が入っていないので大丈夫でしょう。
しかし今考えると職人時代に建てられていた家は建築ブームでもありあまり質のいい家は建っていなかったと思います。壁、天井、床全て新建材の張り物でしたからね。
張り物の新建材を使い釘でパタパタと止め仕上げていた家づくりでした。
クロス張りは少なく応接間だけはよく張っていました。洋間の壁仕上げは化粧合板がほとんどでした。
今は応接間なんて部屋ないですが。
この頃に建築士の免許をとり将来、工務店でもやれたらいいな〜などと思っていました。

下請け時代
大手住宅メーカ、地元の建設会や工務店の手間請け、下請けをやっていました。
この頃は職人時代と違って、自分が働いた日数だけの賃金ではないため、頑張れば頑張るほど収入がよくなります。ただ何人かの職人を雇って手間請けする場合はよほどいい職人を雇わなければ予算内に終わらず赤字になります。したがって施主さんには悪いですが、いい仕事をしたいという前にどうしても手間請けの金額内で完成させると言う事を優先させてしまいます。

私も実際元請け会社から手間賃を下げられ赤字になり、職人に給料を払ってしまえば、自分の取り分がほとんどないという現場もいくつもありました。そんな時自分は何をやっているのだろうとばからしくなった時もあります。妻からはうちの給料はないの?と言われたりもしました。
また、大工がいい仕事をしたいと思ってもそれは元請け会社から言われた通りにやる訳ですからいい家になるかそうでないか元請け会社の考え方、方針などで決まってしまう感じです。

私の二つの失敗
下請け時代に建てた家がありますが、一つは構造材に乾燥材を使わなかったのです。その頃は乾燥材の知識は少しありましたが、一般に使われている未乾燥材を使ってしまったのです。その為構造材が乾燥して床と壁の巾木の下や所どころに隙間が出来てしまいました。(現在でも未乾燥材を使っている施工業者も多い)また、構造材が未乾燥材だと何年か経ち構造材が乾燥した時、家の大事な骨組みがガタツキ耐震金具などのボルトが役に立たなくなってしまいます。構造材に乾燥材を使うのは頑丈な家を建てる上で最も大事な事なのです。

もう一つは地盤調査をやらなっかた事です。
そこの基礎をする時に基礎工事店に地盤補強工事は必要ないですかと聞いた所「必要ないですよ」と言う言葉を信じて何もしなかったのです。その結果少し沈下しているみたいです。
法律上は地盤沈下の責任は工務店にはないとなっていますが(今の所)私がもう少し地盤について勉強していたらと思うと残念でなりません。今は他の人がこの地盤は締まっていて大丈夫と言っていても必ず地盤調査をし万が一に備えて地盤補償を付けるようにしています。
家は施主さんの大切な資金で建てられます。私たち施工業者も気を引き締めて建てないと大変なことになります。

これからの時代
今まで建築に関して色々な経験をしてきました。
いい事も悪い事、失敗もしてきました。
これらの貴重な経験、失敗を常に忘れず、施主さん、設計者と共にいい家を建てていきたいと思います。
これからの時代、私は時代に合わせた家づくりをしていきたいと考えていますが、5年後10年後に私がどういう家づくりをしているのか、その時書き添えたいと思います。
現時点の目標・・施主さんの満足度地域NO1

私のプロフィール

・昭和48年 大工職人の元へ住みこみで弟子入り。
・昭和54年 弟子離れ。
・昭和55年 その後大工職人として一般工務店を転々として腕を磨く。
・昭和61年 2級建築士取得。
・昭和65年 大手住宅メーカー、一般工務店の下請け手間請けを始める。
・平成10年 建設業許可 「弘友建設」として地場大手工務店の協力会社となる。 
・平成16年 完全に下請け、手間請けを止める。
・平成16年 家づくりのプロ集団「木構香」とし、設計事務所、工務店、大工の棟梁との協力体        制で原価での家づくり活動を始める。
・平成17年 組織変更 「有限会社 建築サポート」設立、家づくりの全てをオープン
        にし施主様の為の家づくりを目指す。        

・平成18年 若い世代のテーマハウス「子育て支援ハウス」の開発提供を始める

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