43.小物成窯跡

地区 下南山

操業年代 1600年代〜30年代

窯体数 2基以上

製品 陶器、磁器

 『今村氏文書』に記された南川原山の窯場の一つか?2基の窯体が発見されているが、物原層の分布などから3基存在する可能性が高い。発見されている中で相対的に古い2号窯は、陶器生産にはじまり陶器・磁器併焼に移行した窯で、物原層の堆積などから明確にその過程を追える数少ない窯である。新しい1号窯は当初から陶器と磁器を併焼しており、磁器の出土量が多い。


調



1

1986年度

村上伸之

有田町教育委員会

焼成室床面出土遺物は報告書No.2に掲載

2

1992年度

村上伸之・野上建紀

有田町教育委員会

1993年3月

村上伸之・野上建紀

『小物成窯・平床窯・掛の谷窯』
−町内古窯跡群詳細分布調査報告書第6集−

1995年度

村上伸之・野上建紀

有田町教育委員会

1996年3月

村上伸之・野上建紀

『天神森窯・小物成窯』
−町内古窯跡群詳細分布調査報告書第9集−




44.天神森窯跡

地区 下南山

操業年代 1600年代〜30年代

窯体数 10基以上

製品 陶器、磁器

 初期の最も大規模な窯場。『今村氏文書』に南川原山として記載の窯場か?小溝上窯と並んで、有田で最初に成立した窯場である可能性が高い。小形の製品が中心であるが、質的には平均的に最もレベルが高い窯である。当時の窯業をリードした窯場であるため、多彩な技術・技法が用いられている。


調



1

1974年度

三上次男・吉田章一郎ほか

有田町教育委員会

1975年3月

三上次男・吉田章一郎ほか

『佐賀県有田町天神森古窯址群調査概報』

2

1995年度

村上伸之・野上建紀

有田町教育委員会

1996年3月

村上伸之・野上建紀

『天神森窯・小物成窯』
−町内古窯跡群詳細分布調査報告書第9集−




45.南川原窯ノ辻窯跡

地区 下南山

操業年代 1650年代〜近代

窯体数 4基以上

製品 陶器(微量:鉄釉)、磁器

 承応二年(1653)の記録にある有田皿屋に含まれる南川原山か?下南川原山登。文化十一年(1814)の記録では14室。元治元年(1864)年の絵図では5室。明治九年(1876)の記録には、下南川原窯とある。当初は雑な染付碗や鉄釉碗などを主体に生産していたが、その後皿が増加し急速に上質な製品が生産されるようになる。


調



1

1985年度

大橋康二ほか

九州陶磁文化館

1986年3月

大橋康二

『南川原窯ノ辻窯・広瀬向窯』
−肥前地区古窯跡調査報告書第3集−

2

1990年度

倉田芳郎・千葉基次ほか

駒沢大学

1993年3月

倉田芳郎・千葉基次ほか

『遺物・文献両面から観た近世肥前磁器』




46.柿右衛門窯跡

地区 下南山

操業年代 1650年代〜80年代

窯体数 2基

製品 陶器(微量:鉄釉)、磁器

 17世紀後半の最高水準の製品を生産した窯場。下南川原山の窯場としては、一時期南川原窯ノ辻窯と併存。相対的に早い段階の製品と推定されるものには、年木山の楠木谷窯との類似性が認められる。製品は中・小皿を中心としており、いわゆる柿右衛門様式に分類されている製品の典型的なものの多くはこの窯場の製品である。


調



1

1976年度

高島忠平・東中川忠美ほか

有田町教育委員会

1977年3月

東中川忠美

『柿右衛門窯跡発掘調査概報』

2

1977年度

高島忠平・東中川忠美ほか

有田町教育委員会

1978年3月

東中川忠美

『柿右衛門窯跡第2次発掘調査概報』

1978年度

高島忠平・東中川忠美ほか

有田町教育委員会

1999年3月

東中川忠美・吉永陽三ほか

『柿右衛門窯跡第3次発掘調査概報』




47.樋口窯跡

地区 上南山

操業年代 1640年代〜19世紀

窯体数 4基以上

製品 陶器、磁器

 上南川原山登。文化十一年(1814)の記録では13室。元治元年の絵図では6室。明治九年(1876)の記録では上南川原窯とある。幕末・明治頃の樋口太平(太右ヱ門)の窯。当初は鉄釉陶器主体に生産。この時期に陶器主体に生産した窯は有田では、ほかに類例がない。承応二年(1653)の『萬御小物成方算用帳』に記された有田皿屋に含まれない南川原山(南川原皿屋)か?17世紀後半以降は比較的精緻な磁器を生産。


調



1

1982年度

大橋康二・尾崎葉子ほか

有田町教育委員会

出土遺物は『有田町史』古窯編に掲載

2

1984年度

大橋康二ほか

九州陶磁文化館

1985年3月

大橋康二

『百間窯・樋口窯』
−肥前地区古窯跡調査報告書第2集−

1988年度

村上伸之

有田町教育委員会

1989年3月

村上伸之・尾崎葉子

『窯の谷窯・多々良の元窯・丸尾窯・樋口窯』
−町内古窯跡群詳細分布調査報告書第2集−




48.源左衛門窯跡

地区 上南山

操業年代 17世紀前半〜中頃?

窯体数 1基?

製品 磁器

 窯跡と推定される場所は、茶畑の造成のため大規模に地形が改変されており、ほぼ壊滅状態か?付近にわずかに焼土と遺物の散布が認められる。未調査。




49.ムクロ谷窯跡

地区 上南山

操業年代 1680年代〜1740年代

窯体数 1基

製品 磁器

 上南川原山の窯場として、一時期樋口窯と併存か?古文書類には記録が見られない。元文三年(1738)、享保十六年(1731)箱銘の伝世品と類似したものが、焼成室床面より多数出土している。物原下層付近では瓶類や向付類なども比較的多く生産されているが、上層付近では皿類主体に移行している。上質なものと雑なものが混在。


調



1

1990年度

村上伸之・野上建紀

有田町教育委員会

1991年3月

村上伸之・野上建紀

『向ノ原窯・天神山窯・ムクロ谷窯・黒牟田新窯』
−町内古窯跡群詳細分布調査報告書第4集−




50.平床窯跡

地区 下南山

操業年代 1650年代〜60年代

窯体数 1基

製品 陶器(微量:灰釉・鉄釉)、磁器

 古文書等には記録が見られない。隣接する南川原窯ノ辻窯の一時期の窯であった可能性と、隣接して一時期併存した窯場であった可能性がある。碗・皿類を主体として生産しており、中皿が比較的多い。


調



1

1986年度

村上伸之

有田町教育委員会

一部は報告書No.2に掲載

2

1992年度

村上伸之・野上建紀

有田町教育委員会

1993年3月

村上伸之・野上建紀

『小物成窯・平床窯・掛の谷窯』
−町内古窯跡群詳細分布調査報告書第6集−