A.赤絵町遺跡

地区 赤絵町

年代 1650年代〜19世紀

性格 上絵付け工房跡

遺物 陶器、磁器ほか

 赤絵町は上絵付け業者が集まっていたところで、藩による上絵付け工程の分業化施策によって成立した。当初11軒に制限された赤絵屋のうち、9軒が赤絵町にあったと云う。その中の1軒が有田町1604番地(現赤絵町二丁目2番12号)で発見され、2基の赤絵窯と1650年代〜近代に至る各時期の建物跡が検出された。出土遺物を見ると、主に内山の窯場の製品が集められ、上絵付けされていたことが分かる。また、いわゆる古九谷様式の製品が生産された形跡はなく、すでに赤絵町の成立以前に生産が途絶えていたことが伺える。有田の色絵生産を考える上で極めて重要な遺跡である。


調



1

1988年度

村上伸之

有田町教育委員会

1990年2月

村上伸之・野上建紀ほか

『赤絵町』
−佐賀県西松浦郡有田町1604番地の調査−




B.泉山口屋番所遺跡

地区 泉山

年代 1640年代〜19世紀

性格 口屋番所跡、工房跡の一部

遺物 陶器、磁器ほか

 安政六年(1859)の『松浦郡有田郷図』に描かれた、内山の出入口に設置された上の番所地点の調査。いくつかの時期の建物跡が発見されたが、ここにいつから番所が設置されたのかは明確ではない。しかし、少なくとも17世紀中頃には付近に色絵工房跡があったと推定され、いわゆる古九谷様式の色絵片が40点ほど出土している。この頃の製品は、近接する楠木谷窯跡や枳薮窯跡の製品と酷似しており、付近にこうした窯場に関わる工房跡があったものと推定される。


調



1

1992年度

村上伸之・野上建紀

有田町教育委員会

1993年2月

野上建紀

「泉山口屋番所遺跡発掘調査概報」
−佐賀県有田町泉町526-1・527-1の調査−
『金沢大学考古学紀要 20号』金沢大学文学部考古学講座




C.山辺田遺跡

地区 黒牟田

年代 1600−10年代〜17世紀末前後

性格 工房跡

製品 陶器、磁器ほか

 山辺田窯跡に近接した工房跡と推定される遺跡。一部の調査を行い、数時期に渡る建物跡を検出した。出土遺物から当初山辺田窯跡に関係する工房があり、1650年代頃の同窯跡廃窯後は、一時期多々良の元窯跡に関わる工房があったものと推定される。出土品と採集品を合わせると、これまでに70点ほどのいわゆる古九谷様式の色絵片が発見されている。また、それ以後の色絵は発見されないことから、やはり山辺田窯の廃棄後、上絵付け工程は原則として赤絵町に限定されたものと推定される。


調



1

1998年度

村上伸之・野上建紀

有田町教育委員会

A地点
2

1998年度

村上伸之・野上建紀

有田町教育委員会

B地点



D.幸平遺跡

地区 幸平

年代 1650年代〜18世紀

性格 工房跡

製品 陶器、磁器ほか

 磁器生産工房跡。17世紀後半の成土用の水簸施設と推定される遺構が発見されると同時に、数100点に及ぶ同時期頃の色絵製品も出土。その製品の多くは上絵付けの発色が不完全で、失敗品が廃棄されたものと推定される。これにより、赤絵町成立以後も一定期間上絵付け工程が完全分業化されていない時期があった可能性が指摘できるとともに、少なくとも、赤絵町以外でも上絵付けが行われていたことは確実になった。


調



1

2000年度

村上伸之・野上建紀

有田町教育委員会