白磁小皿  (楠木谷窯跡・1650年代後半/柿右衛門窯跡・1670〜80年代)

 

 

(外面)
 
 
(内面)

 本日は、別な窯跡で出土した2点の白磁小皿を比較してみたい。一つは、楠木谷2号窯跡で出土しているもの(左)で、もう一つは柿右衛門窯跡で出土しているもの(右)である。
 左は底径8.2cmで、口縁部は遺存していないが、口径は15cm前後程度と推定される。右は口径9.1cmで、やはり口径は同程度になるものと推定される。高台内の器厚は前者が0.3cm、後者が0.5cmで、ともに高台内には小さなハリ支え痕が1箇所残っているが、大きさも同程度で小さい。釉調は、写真では判別も難しいが、前者がやや白味が強く、後者は黄味ないしは青味が多少ある。
 ところで、後者の柿右衛門窯跡で出土するこの手の白磁については、一般的に乳白手と称されている。その定義としては、「焼成では、素焼きを行い、本焼きでは一々サヤに入れて窯詰めし、降灰の熔着や、歪み窯割れなどのない素地作りを目指した、薄い釉薬の掛かった純白の地肌で、精巧な成形の素地とすべきと考える。」という(家田淳一「展覧会について−概説−」『柿右衛門−その様式の全容−』九州陶磁文化館 1999)。また、その出現時期については、「濁手という言葉が柿右衛門様式に伴う独特の呼称と考えれば、柿右衛門様式の出現と同じになる。」という(鈴田由紀夫「柿右衛門様式の技術的特徴について」前出同書)。
 ということは、「乳白手」に区分されるためには、先の質的な要件を満たしている上で、柿右衛門様式の成立以後、つまり1670年代以降の製品という条件が付くことになる。これを前者の楠木谷窯跡の白磁に当てはめてみれば、まず、質的にはほぼすべての要件を満たしている。ところが、年代的には柿右衛門様式の成立よりも遡り、これに上絵付けがなされれば、古九谷様式の範疇となる。つまり、質的には要件を満たしていても、乳白手ではないということである。
 しかし、「乳白手」という語は、いわば素地の性質を表した用語であり、年代や上絵の差によって選別されるのはやや違和感がないだろうか。というよりも、これでは「乳白手の素地を用いることが柿右衛門様式の特徴」なのではなく、「柿右衛門様式だから素地は乳白手」なのである。つまり、はじめに柿右衛門様式ありきであり、乳白手が柿右衛門様式の特徴とはいえなくなる。こうした点は、今後さらに詰めて考えていく必要があるだろう。

 




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