−参考資料−
(類似伝世品)
(内面)
(外面)
小木一良『新集成 伊万里』(株)里文出版
1993より
|
最古期の土層から出土している染付中皿の底部片である。接合しないが、併せて口縁部の破片等も出土している。長辺は約13.0cm遺存しており、底部厚は0.4cm程度で、底部には窯割れの痕跡が認められる。
素地は表面が青灰白色を帯び、一見して口径に比した高台径の比率が、通常よりもやや大きめの皿であることが分かる。口縁の遺存部には捻輪花の型打ち文様が残っており、出土している口縁部の破片では口唇部を平らに切って口銹が施されている。
見込みは、周囲に口縁部との間を画す0.4cm幅の円圏文が配され、内面には紫陽花と推定される花や葉、茎、そして岩などの文様が見える。外面は、胴部に唐草文の一部と推定される文様が残っており、腰部に一重、高台外側面に二重の圏線が迴らされている。また、高台内には、高台に近い位置に一重圏線が配され、中央部に文字は不明であるが二重角枠の銘が見え、ハリ跡が一ヶ所残っている。
この出土品では全体の姿が分かりにくいが、同種の伝世品が紹介されているため、参考までに左に掲載してみた。文様の各部位の配置や形状等は微妙に異なるが、これはおそらくまだ下絵が用いられていないためと推定され、むしろこの頃にはまだ一般的な特徴である。
同一の製品は、これまで窯跡では出土しておらず焼成窯は不明であるが、同様な捻輪花を施した口銹中皿は、1640年代後半〜50年代の操業と推定される楠木谷窯跡に出土例がある。よって、時期的にはほぼ同時期の製品と推定され、出土層位とも矛盾しない。ただし、楠木谷窯の出土製品とは、高台内の一重圏線の位置や二重角枠内の銘などが異なっており、同窯の製品と即断することはできない。通常、高台内の圏線等は一重や二重など数が問題とされることが多いが、その配置位置にも窯差が認められることがあり、高台内に同様な圏線を配したものは、これまで窯跡の出土資料の中には類例が認められない。
|