青磁赤絵流水花散らし文方形皿  (赤絵町遺跡/1680〜90年代)

 

 

(内面)

(外面)

 佐賀藩は1650年代後半頃に、上絵付け工程を分業化した。業者は有田内山地区の中央部、本幸平地区の一角に集められ、後に業者の多かった部分を分割して赤絵町が成立したと云う。当初11軒に制限された赤絵屋の中で、9軒が赤絵町にあったと伝えられる。昭和63年にその一軒の発掘調査を行った。コンテナ2,000箱近くにも及ぶ出土品の中には、当然のことながら色絵製品も多い。
 本日紹介するこの青磁赤絵の隅入方形皿は、1680〜1690年代頃の遺構から出土したものである。陽刻を施した型打ち成形皿を素地とし、上絵で流水に花散らし文を描いている。外面には粘土紐で成形された、方形の高台が付けられている。一般的には柿右衛門様式として分類されるものであろう。

 




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