第454回 後生の一大事
 

 平成13年 10月4日 〜

妙念寺電話サービスお電話ありがとうございました。
浄土真宗では、朝夕のお勤めを欠かさず続けることが、
ご門徒の約束事です。


正信偈とご和讚、それに『御文章』を拝読することを、
もう何百年も続けてきました。


 蓮如上人がお書きいただいた御文章には、私にとって
これ以上の問題はないという、問題の解決の答えが
与えられているといわれています。

この問題を蓮如上人は「後生の一大事」といわれます。


後生の一大事というと現代とは、全くかかわりのない、
死んでからの彼方の問題のように誤解して、若いものには
全く関係ないものと考える人が多いものです。


しかし蓮如上人は仏教の教えは現在とかかわりのない
彼方の問題を云っているのではない。
現在、今ここにどうしても譲ることの出来ない問題を
持って生きている私たちがいます。


そこで「仏法には明日と申すことはあるまじく候」と
いわれています。


仏法の問題は、将来ではなく今ここの問題である。
この問題こそ後生の一大事と云うのである。
後生の一大事と今生の一大事を別個に考えて
しまうために誤解するのである。


後生と今生はあたかも一枚の紙の表裏であり、
表は裏なくしてはあり得なし、表だけを見ていると
裏は目に見えない。


かくされた世界であり、現実と遊離しているように
思われてしまいます。


後生の一大事の解決こそ、今生の一大事の解決であり、
ほんとうの生きる答えである。


この答えこそ南無阿弥陀仏の宝である。

この南無阿弥陀仏はいつでも、どこでも、だれにでも
既に届けられているのである。


この内容を述べているのが経典であり、更に
『正信偈和讚』も『御文章』もこの意を明らかにされて
いるものだといわれます。


そこで浄土真宗では、すべてこの私の上からは
「ありがとう」という報恩のほかにはないのであります。


このありがとうが社会に浸透すると、現在の如き、
さまざまな社会問題も解決する鍵が与えられると思います。


南無阿弥陀仏の法は人間の生きるほんとうの答えを
この私に与えられているのである。


南无阿弥陀仏を口にしての毎日を送らせて
いただきたいと思います。


妙念寺電話サービスお電話ありがとうございました。
次回は、10月11日に新しい内容に変わります。


         浄土真宗本願寺派「伝道」55号
              編集:浄土真宗本願寺派研修部
                  発行:本願寺出版社   (その2)