第784回 信心まことにうるひとは

 平成20年 1月31日〜


妙念寺電話サービス お電話ありがとうございました。

ところで お釈迦さまがお説きいただいた教えは インドから中国へ渡り
日本には 漢字で伝わってきました。

そこで 専門的知識を持った人でなければ どうゆう内容が 説かれているのか 
理解できるものではありませんでした。


数あるお釈迦様の教えの中から お念仏の教えに出遇われた親鸞聖人は
その教えの真髄を 日本の言葉を駆使し 今様形式にして 味わい深い 
数多くの うたを詠んでいただいています。

その数は 500首をこえるといわれます。
浄土和讚、高僧和讚、正像末和讚などにまめられ 一般の家庭でも朝夕に口にし、
ほとんど暗誦するくらいに 親しまれてきました。


 阿弥陀仏とそのお浄土を讃嘆された「浄土和讚」の最初に
二首の和讚があります。冠頭讃といわれるものですが、これこそがご和讚全体に
通じる有難い歌です。


  弥陀の名号となへつつ 信心まことにうるひとは

  憶念の心つねにして 仏恩報ずるおもひあり 

という歌です

そして もう一つは

  誓願不思議をうたがひて 御名を称する往生は

  宮殿のうちに五百歳 むなしくすぐとぞ ときたまふ


弥陀の名号である 南無阿弥陀仏を称え 他力の信心をうることが出来た人は
つねに本願力の摂取をおもうこころがたえないで 仏の恩を報ぜずにはいられない。

という意味でしょう。

これに対して二首目は 如来の不思議な誓願をうたがい、自力の念仏によって
浄土に往生しようとするものは 疑城胎宮とうい方便化土に生まれ、五百年の間 
むなしく年月をおくり、三宝にであうことも出来ないと説かれています。


念仏するものの中に、本願を信じて称えるものと、疑いながらとなえないものが
あることを示して、信を勧め疑いを誡められたものでしょう。


今 修行中の弥勒菩薩でさえ 仏になるためには これから 56億7000万年の
修行が必要と説かれます。


それが 阿弥陀如来の本願力の南無阿弥陀仏の働きで このたび さとりを開かせていただく 
その喜びの報謝のお念仏 どうか 方便のお浄土ではなく 真実のお浄土へと往生させて
いただきたいものです。


とともに せっかくのご縁に気づかずに 享楽にあけくれる 疑城胎宮の生活のような 
仏さまに出会えない 南無阿弥陀仏に出会えない むなしい人生を、送らないように
させていただきたいものです。


どうか ご一緒に お浄土へ生まれさせていただきたいものです。

妙念寺電話サービスお電話ありがとうございます。
次回は、2月7日に新しい内容に変わります。

         


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