第801回 情報操作

  
平成20年 5月29日〜

妙念寺電話サービス お電話ありがとうございます。

ところで キャンプなどで テントを張る時に 周りに 溝を掘って
雨水が テントの中に入らないようにすることを 子供のころに 教わった気がします。


中国の大地震 被害を受けた人の多さに 驚きを感じますし 広場に張りめぐらされた
テントの多さにも びっくりしますが これからまだ 四百万から五百万のテントが
必要と聞けば その被害の大きさは とても想像がつきません。

現地のリポートを 見ていると せっかく張られたテントの中に 水がたまっていたり、
テントとテントの間の通路も ぬかるんでいて 避難生活の大変さがよく分かります。

スコップで 水をすくい バケツに移す人の姿を 見ましたが スコップがあるのなら 
いっそ 溝を掘っていき 全体的に水抜きをしたら どうなのだろうと 考えていました。



そして ひとごとではなく 自分の寺の駐車場も 雨が降れば ぬかるんでしまうのに 
それが当たり前に なっていることに 気づかされました。


慌てて 雨水を流す 溝を ほってみました。

砂地の駐車場ですので 箒で掃くときに 水が流れるよう 高低がつくように 
心して掃除をすれば いいのでしょうが いつも 同じ方向に箒を使い 中央が低く
なって 水の出口をふさいでいるのだろうと 考えています。


不自由なこと 問題が起こっても 当たり前になって 解決策を見つけようともしない
ことも 他の人の苦労を見せていただくことで 気付くこともあるものだと、
災害にあわれて 苦しんでおられる 姿を見ながら 教えられました。



同じテレビ番組を見ていて 知りましたのは 日本は頻繁に地震があり 多くの国民が
地震への そなえや こころつもりが少しは出来ているものです。


ところが 中国では ここ数十年 大きな地震がなかったようですし、また国民の
不安をあおってはいけないと 災害報道が 積極的には行われていなかったようでも
あります。


発展する姿や 指導グループの活躍する姿など 政府の都合のいい情報にしか接して
こなかったことも、被害を大きくしてしまったようにも思えます。


同じ国民が苦労する姿や、自然災害の厳しさが 日頃隠されて 目にすることが
少なかったのに 想像もできない現実に突然であったようにも 見えます。

自由経済の国に比べれば 自然災害への 対応が 心の準備が十分でなかった 
恨みがあるようにも思えます。


何が起こってもおかしくないのが 自然の理です。

仏教で説く 老病死もまさに いつなんどき 何が起こるのか 予想もつかぬもの
慌てないで済むように 毎日を送らねばと考えさせられました。

自分自身で 都合の良いことだけを 期待して 不都合なことは 自分で勝手に
情報操作して 目を向かないようにしているのが現実です。

都合の悪いことを 見て見ぬふりをし 気づかないようにしていると いざという時に
慌ててしまうのだろうと 思えました。

私にとって都合の良いご縁も 不都合なご縁も 目をふさぐのではなく ちゃんと 
受け止めて 悲しいけれど 苦しいけれど 辛いけれど  ありがとうございますと
受け止められる人生を お念仏とともに 送らせていただきたいものだと 
味あわせていただいています。

中国の人々へ 私は 何が出来るのか どう行動すればいいのかも 考えるものの
遠くから眺めるだけで なかなか行動に出ない もどかしさがあります。

妙念寺電話サービス お電話 ありがとう ございました。
次回は、6月4日に新しい内容に変わります。


         


           私も一言(伝言板)