第953回 迷惑では ないよ 〜法事は ホームパーティー〜

  平成23年 4月28日〜

ブログを拝見していましたら、43回忌ご法事へ とても とっても楽しそうに お参りされていた
80代のおばあさんの話が書かれていました。


主催者である、本家の甥や姪たちに、
「今日は、よう呼んでくださった。妹といっしょにお参りしたかったんやけど、

  病院やでなあ。・・・・今度は、あんちゃんの13回忌やね。」

お招きした里の嫁は:「おじいさん・おばあさん、お父さん・お母さんのご縁で、

毎年、法事ばっかりやっとるような気がするわ。あんまり迷惑かけられないんで、
今度は家のものだけで勤めさせてもらいますね。」

80
歳のおばさんは「法事は迷惑やないよ。ホームパーティなんやから・・・。」
古風でハイカラなおばあちゃんでした。


盆、正月、お祭りは、親戚のものが、生まれ故郷に集まるという習慣がありましたが、
車社会になって便利なはずなのに、最近、人の集まりが
 少なくなってきたという話を
よく聞きます。
今では結婚式、葬儀、法事が 親類縁者が集まる数少ない機会になって
 しまったようです。

みんなが集まることを『一堂に会す』といいます。
お仏間は家の中にあるお寺の本堂。やっぱり阿弥陀さんなんですね。・・・・・・


という内容です。


「ご迷惑をかけますので」と 招いた方は 遠慮しがちですが、法事は 亡くなった方が 
仏として はたらいていただく大事なチャンス。私がご案内を出すものの 本当は 
仏さまに成られた方が 呼び集めて 
 一緒になって 仏さまのお話を聞く パーティー
だと思います。


生きている者には 亡くなった方が見えませんが、お浄土へ生まれて 阿弥陀如来と同じ 
はたらきが出来る 仏さまに成られた方が ちゃんと同席して、自分がさとった内容を 
一番大事な近親者や ご縁の人々に 説き聞かせる 大切な待ちに待った法座だと味わいます。

生きている者だけが 健康や病気や長生きなど、世間の話ばかりに 夢中になって 同席して
おいでの方が 期待しておられるお念仏の声が、ちっとも聞こえないのは 誠に残念だと 
悲しんでおいでなのだろうと思います。


 「報恩講の歌」にあるとおり
 
 和歌の浦曲の片男浪の、よせかけよせかけ帰るごとく
  われ繁く通いきたり みほとけの慈悲 つたえなまし

 一人いでしも 喜びなば 二人と思え 二人にして喜ぶおりは
 三人なるぞ その一人こそ 親鸞なれ

・・・とありますが、法事の席に 亡き方も ちゃんといて 一緒に お念仏を喜んで 
いただいていると 味わえば、どんなに遠くの方でも 
 迷惑をかけても ご案内を出して 
多くのご縁の方へ 集まって
 いただくことが 亡き人が 一番喜んでいただくことだろうと
思います。


どうぞ、毎年でも 毎月でも 毎日でも チャンスを作って ホームパーティーを 
お念仏を味わい喜ぶ会を開いていただきたいものです。

ご接待は、お料理が 主体ではなく お念仏を喜ぶ パーティ−、お念仏を聞く会であれば、
ご迷惑をかけるという 精神的な負担も少なくなるのだろうと思います。

それこそが 子どもにも孫にも 私にももっとも意味深い 法事にるのだろうと、味わいます。
主催者は 仏に成られた方、ご案内などの事務手続きは 生きている施主。

何の遠慮がいるものですか。仏に成られた方のご意志を 素直に 聞いて 迷惑がらずに
お招きしたいものです。


そして 一緒に お念仏を聞かせていただきたいものです。

妙念寺電話サービス お電話ありがとう ございました。
次回は、55日に新しい内容に変わります。


         


           私も一言(伝言板)