「倶会一処」 三根組 長泉寺 三玉洪人師

平成13年6月16日その日は法友8名にて浄土教の流れを学ぶ為に、中国は奥地山西省に居てバスで太源へ移動中でした。その時自坊の若院より携帯電話にて母(生母 塩田町専立寺)の死を知らされました。

かねてお聞かせの通り必ず別離はある。すぐにでも佐賀へとも思いましたが、なにせ此処は中国。言葉も通じず私一人ではどうしても帰ることが出来ず、旅を続けました。とりあえず総代様に相談して密葬に行くようにと返事をし電話を切った。

自分の力を頼りにして浄土へ生まれるのではなく、生まれる手立てが無い私だからこそ、心配するな、この弥陀にまかせよ、と名号南無阿弥陀仏を私にあたえてくださいます。その名号を信じおまかせするとき浄土へ生まれさせていただく身に今ならせていただくのです。有り難いみおしえでございます。

浄土は、倶会一処(ともにひとつところであえる世界)とも言うのです。遠い中国で母の死を聞きながら、佐賀へ帰っても母とはもう逢えない、しかし今度は浄土で必ず遇える。父兄弟とも。思わずバスの中で称名念仏する私でした。

旅が終わり自坊の本堂へ、阿弥陀さまに帰寺報告をすませ、本堂の黒板に目をやると、

  外国(とつくに)で 母の往生聞きしかど しばしの別れと 旅をつづけん

と坊守が板書しておりました。激しい雨の中、お念仏申しながら又母の生前を偲びつつ塩田の寺へ向かいました。

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