「おかげさま」 松浦組 尊光寺 荒木月秋師<

急速に変化する現代の一年は、過去百年の進化に匹敵すると云われます。

物質的所産である近代文明は、先端技術の開発と工業化を図り、巨大な貨幣経済市場を構築し、利便性、快適性に富んだ 豊かな生活空間の創造を更に試みています。

しかしそのかげに、自然破壊、環境汚染は進行し、皮肉にも地球資源の枯渇、生物生命の行き場を根こそぎに崩しかけています。

気掛かりなのは”その国の文化が亡くなるとその国の民族は滅びる”ことであります。

精神的所産である学問・道徳・芸術・宗教の文化は、自我意識の気侭な高まりに、本来の真・善・美・聖の探究が色褪せ、規範の主軸を見失った現代は、いま深刻な苦悩を背負いつつあります。問題の盲点は、生きることに夢中となり、生かされている原点を、忘れていることだと思います。

飲食、排便は、当たり前と思って気にもしませんが、飲食、排便ができないと立場は動転し致命傷となります。この大事を迂闊にしながらいのちあるのは、日頃忘れている天・地・人の変わらぬ恵みと内蔵器官のかくれた一途なはたらきによると思います。

自然界の成り様、身体の構造には、何一つ無駄・粗末にしてよいものはありません。当たり前と思っていることに、かけ替えのないいのちとして大事に救われているのであります。

親鸞聖人は「如来大悲の恩徳は 身を粉にしても報ずべし 師主知識の恩徳も 骨をくだきても 謝すべし」と。

仏智の不思議を信じ、南無阿弥陀仏の大慈悲の働きに自らの愚かさ罪悪に覚め、生涯を生き抜かれた報恩感謝のお姿に、まことの平和・確かな幸福が、香り漂っています。

ご恩に有難く生かされ感謝に生きるいのち全体のすくいこそ、往生浄土真実の宗教と、親鸞聖人は、いとおしく教えられます。

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