「酔わしめるもの」 北山組 蓮福寺 菅原信隆師

大人の世界に酒はつきものです。これを飲み酔いにひたるのですが、人をして酔わしめるのは酒だけではありません。

若いときは、異性に、レジャーに、旅行に現をぬかし、就職しては仕事仕事で振り回され、忙しい中にも一生懸命働き、その中で生き甲斐や喜びを見つけて、ある程度の成果を得たのはよかったが、次第に容貌も力も衰えて来、いざ定年になってみると、仕事がなくなってよいどころか、逆に自分を活かす場所を失うのであります。愛し合って結婚したかわいい妻は、今では昔の面影は無く、仕事を失ってすることが無く、家の中でごろごろしている夫にはてんで魅力がないのでしょう。いかにも邪魔の如くに扱ったりもするのです。若い頃は子供がいてにぎやかでしたが、逆に独立して今では妻と二人だけの、会話もあまりなく、する事もない、寂しく暗い生活であります。

「いったい今まで何のために生きて来たんだろう?」

「人間に生まれてきて、いったい何の意味があったのであろうか?」

とこんな疑問がでて来たとて、時既に遅しで、解決がつかずに余生を送る人が多いようです。若さに酔って老後のことを忘れ、美貌に酔って衰えたときのことを問題にしようとせず、成功してちやほやされようものなら、失敗して惨めな思いにひたるやもしれぬことを考えようともせぬのであります。青年は青年でその持てる若さに、力に、元気に、美しさに味わう様々な快楽に酔うのであります。壮年や老年にしても、蓄積した財に、与えられた高位や名誉に、それぞれに同じように酔うのです。そして判断を誤ってしまうのです。

表があるところには必ず裏があるのであり、その中で裏を避けて表だけで生きようとしたとて、決してできるものではありません。

裏は暗くて汚いものです。しかしそれも偽らざる己の、又この世の真の姿であるならば、じっと目を据えておかねばなりません。表だけみていると酔いやすく、裏まで見えてくると逆に酔いが醒めるものです。醒めてうんざりする気持ちになる人もおりますが、醒めてこそ、物の真の姿が見えてくるのであり、腹のすわった世界があるのです。その世界を説かれたのが、二千五百年前に誕生されたお釈迦さまでありました。

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