「光のうちに住める身の」藤津西組 賢楽寺 伊東恒乗師

昨年も私を育ててくださったご門徒のお一人がお浄土へ往かれました。Sさんとおっしゃいます。そのお姿と優しいまなざしは一年が経った今もありありと目に浮かびます。お寺の前にお住いで、つねにお寺参りを欠かされることがないお方でした。今なおその方のお姿が見られないことが不思議に思えるほど亡くなられたことが実感できないでいます。

ちょうど一年前の御正忌報恩講には病院に行かれる一日だけを欠かされ六日間続けてお参りされました。その御正忌報恩講過ぎ、ちょうど地区の報恩講をお勤めしている時期に、入院なされたことを知り、急ぎ集中治療室にお見舞いに参りました。心配しておりましたが、元気なお姿であったことに安堵して、私は数分間お話をしお別れをしようとしたときに、Sさんは小さな声で「ごいっさん。お世話になります」、そして「お念仏がでてきよっばんた」とおっしゃったのです。「お世話になります」と言われたことが気にかかりましたが、「お念仏がでてきてよかったですね」と私は応えて出てまいりました。

数日後Sさんの体調があまりよくないことを聞かされ、再び病院へ見舞いにまいりました。とはいえ、お元気な様子でわざわざ起きあがってお礼を申そうとされた程でした。そこで「ごいっさん。いろいろお世話になりました。またお世話になります」と言われたのです。後日伺ったのですが、その晩に二人暮らしのおばあさんとご相談をされたそうです。「葬儀はどこでどのように行うのか。お斎の数はどれくらい準備すべきか」までも。そういうことをすべて踏まえて私に「葬儀では最後にごいっさんにお世話になります」とお礼を申されたのでした。

それから二日後、すでに意識もはっきりしないSさんに面会することができました。おばあさんが「ほら!ごいっさんの来てくんしゃったよ!」。Sさんは私と分かられたように思われました。私は耳元で「安心してよかですよ。あみださんの一緒じゃなかですか」。涙を浮かべられてうなづかれたような気がしました。その様子を忘れることができません。その晩、ご往生でございました。身内でもない私が臨終間際の方に面会することを許されて、しかも最後に仏法の話ができたということが尊くてなりません。

「臨終まつことなし。来迎たのむことなし。信心さだまるとき、往生またさだまるなり」と、臨終ではなく平生にお救いが定まることが浄土真宗の救いの決定的な特徴となっています。このことは、死にざまにモデルなど無いということです。死にざま生きざまを問わないということです。安らかな往生の様子もあるであろうし、恐怖のあまり悶絶して命を落とすということもありえるでしょう。事故死もあるし、病気のために話すこともできない、意思を伝えることができずに亡くなっていかれる人のほうが現代ではむしろ多いでしょう。

だからこそ、この今の一瞬、今日の一日が、どれだけ貴重な一日なのかを心に入れて、仏法のことを真っ先とすることがなにより大切なことなのです。「仏法のことは急げ急げ」蓮如上人はおっしゃいます。先のSさんの生涯は、お念仏の中に生きてゆかれ、お礼を申していかれた生涯でありました。そのことが何より有り難いのです。

かねてより 光のうちに すめる身の 終わりのさまは とまれかくまれ

|戻る|