「生活の中心」 神埼組 大立寺 平尾學道師

お仏壇は阿弥陀如来様の御浄土の世界です。家の主人は阿弥陀如来様です。朝晩のご挨拶は家族揃っての勤行です。今、家族が少なくなり、核家族となって、揃っての勤行はできなくなってきています。核家族の子供夫婦には仏壇もなく手を合わす生活もないように思います。隣からもらいものがあれば、まずお仏壇にお供えをし、食事の時も阿弥陀如来様よりのおさがりを頂きますと手を合わせ、おご馳走さまでしたと敬いの感謝をあらわし、お陰様、勿体ないと報謝の日暮らしを喜び、御仏壇を中心とした生活を送りました。

仏説阿弥陀経の最後に五濁悪世と説かれています。末世においてあらわれる避けがたい五種の汚れのことで、一つは劫濁、時代の汚れ、飢饉や疫病戦争などの社会悪が増大すること、二つは見濁、思想の乱れ、邪悪な思想見解がはびこること。三つは煩悩濁、むさぼり、いかり、愚痴の煩悩が盛んになること。四つは衆生濁、人々の資質が低下していくこと。五つは命濁、人々の寿命が短くなり生き甲斐のない日々を送るようになる。

この教説五濁はあってはならない世界のありさまをいい、克服しなければならないこととして私の前に立ちはだかっています。今この現実を悲観的にならず一人一人が乗り越えていくことを教えているのです。

法蔵菩薩の願いは、五濁に満ちた私を念仏念仏の私に向かわせようとの願いです。この願いによび覚まされて阿弥陀如来様の光明に照らされ育てられ導かれ、疑い心はれた世界にはいっていくお念仏の生活です。

その生活の中心が御仏壇です。今日の私が朝夕、御仏壇の前に座り勤行をしましょう。そこから私を喚んで下さる南無阿弥陀仏が聞こえてくるのです。聴聞の座につきながら、お念仏申す生活をさせて頂きましょう。

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