「生かされて生きる」 白石組 正行寺 太田心海師

ある心理学者が『甘えの構造』という本を書いて、日本人の心の根っこに甘えがあると言っています。それが宗教にも影響していて、日本人は自分の願いを祈って、願いをかなえてくれるのが神様だと考えている人が多いようです。

また、今の世の中は科学技術が進んで今まで出来なかったことがかなえられるようになりましたから、仕合わせになるのが当然だと考えたり、自分が思うようにならないのは目に見えない霊などのたたりだとか、さわりだとか云われると、その気になってしまう人もあります。しかし、お釈迦様は「みな因縁で動いているのだから、自分の思うとおりにはいかないよ。だから、人生は苦しみだよ」とおっしゃっています。

首の骨を折って全身マヒの身体になりながら、口に絵筆をくわえて花の絵を描いておられる星野富弘さんは「みんな神様がなされること。わたしもこの身体を喜んでいよう」と書いていました。星野富弘さんはキリスト教の信仰をもっておられるから、自分がこんな身体になったのも神様の思し召しだとしてそれに従っておられるのでしょう。

私たち仏教徒はお釈迦様の教えに帰依し、因縁の教えに従う生活を送りたいものであります。それを西本願寺の前のご門主さまは、「お念仏はおかげさまと生かされ、有り難うと生き抜く道です」と示されました。だから、真宗は迷信や占いにたよる必要はありません。毎年七月に行われる本願寺の安居では日渓法霖という和上の肖像が掲げられます。時の門主、湛如上人は結核のため二十六歳で亡くなられましたが、上人の病気を治したいが一心にお裏方は本山内に祈祷所を設けられました。それを上人に注意したのが日渓法霖和上でした。注意を受けた上人は毒を飲んで自害され、和上も割腹自殺されたそうであります。真宗の信仰の厳しい一面が示されています。

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