「対話から」 南水組 正立寺 日渓哲朗師

福岡大学教授に在籍している方に杉原という方がいらっしゃいます。双子として生を受け、弟に当てられ、小さい時から病気も一緒、思うことも同時に一緒という具合で、別に住んでも変わらず、二体同心ともいうべき宿業をもった方だったが、最近兄さんが亡くなられて、聖人のみ教えを聴聞され、現実の問題と、どう取り組むかを常に考えるようになられました。そして、その一つの問題として生徒にどう対応したならば、皆よく教室で落ち着いて勉強するようになるか、そこで夏休みに宿題として、両親、祖父母等、そういう方がおられない場合は、他人のおじいさん、おばあさんでもいいから、対話をして昔のことなどをじっくり聞いてレポートとしてまとめてくるようにとの提案をし、但しこれは成績には全く関係ないと、ひと言付け加えたとのこと。結果は生徒の三分の一程の者がレポートを提出したけれども、成績の上位の者程、提出しなかったそうです。しかし、提出した者の内容は非常に有り難く、全生徒に一つ一つ書いてきた文を読んで聞かせると、皆静かに聞き始めて真妙な顔でうなずきあっていたそうです。

その後、教室の雰囲気がずいぶん変化してきて静かに勉強することができるようになったと語られました。以上のことを考えてみると、親子の対話、特に老人を軽視するような世の風潮の中にあって、すばらしい教授の提案であったと思われます。

改めて若い者が老人の話を聞きながら、受け伝えられていく我が身の存在、血のつながり、人間の生き方等を深く理解した時に、どういう方向に向かって生きていくべきかを知る第一歩だと思われます。

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