「声のほとけ」 田代組 善覚寺 正木隆真師

浄土真宗は阿弥陀様にお出遇いをする教えであります。そのお出遇いによって、私自身の命が明らかになり、人生が明らかになるという大切なお出遇いなのであります。そしてそれは私ではなく阿弥陀様のお働きによってはじめて実現いたします。正信念仏偈に「重誓名声聞十方」とあるように、阿弥陀様は名声、つまり声の仏様となって私に至り届き、お救い下さっています。阿弥陀様がたったお六字の南無阿弥陀仏と仕上がって「独りにはせぬ」と今日も私に添うていて下さる御心を味わわせていただきたいと思います。

声や言葉というものは、私たちにとって大変強い影響を与えます。現に私たちは、誰かのたった一言で傷ついたり、誰かのたった一言で励まされたりといった体験をすることがあります。これは言葉には間違いなく働きがあることを知らされる場面でもあります。

ここに朝日新聞に掲載された熊本市の布田宏子さんという方の「どべがおらんと」という投書をご紹介いたします。

「私には忘れられない運動会のひとコマがある。あれは確か、小学4年生の時のことだ。いよいよ自分の走る番がきて、スタートのピストルが鳴ろうとした瞬間、私の目に父の姿が飛び込んできた。ざわめく保護者席のちょっと後方で、軽く腕組みをした長身の父が、だれかと立ち話をしていた。『あっ、お父さんが見ている』。私はとても緊張した。『今日は速く走りたいなあ。だって、お父さんが見ているから』。気持ちは焦るが、足は進まない。結局その年もビリでゴールインした。昼食の時が来て、気まずい思いの私に、父が話しかけた。『宏ちゃん、どべはちっとも恥ずかしいことじゃなか。どべがおらんと1等はおらんよ。それにお父さんには、宏ちゃんしか見えんだった』。父の言葉は優しかった。『そうか。どべがおらんと1等はおらんのだ』。小さな私は納得した。あの日から今日まで、何度この言葉に励まされたことだろう。スポーツマンだった父は、自分の人生もさっそうと駆け抜けて、59才の若さで逝ってしまった。かっこよかった父と私の、たったひとつの共通点。それは生まれた干支が同じだということ。その午年の今年の2月、私は父の年を越えた。」とありました。

私はこれを読ませていただいて、なんとも言えない親の温かさを感じました。このお父さんのたったひと言が何十年もこの方を励まし続けたのはなぜでしょうか?それはこの言葉に親の命が通っていたからではないでしょうか。わが子を思わずには居られない親の姿がここにあります。私はこの事を縁として、阿弥陀様の「付いて離れずこの子に添うて救うには、この子の声で称えられる仏になろう」と立ち上がって下さった深いお慈悲を喜ばずにはおられませんし、称えるままがお救いの働きと仕上がって下さったご苦労とご恩の深さを思わずにはおれません。南無阿弥陀仏の名号は、呪文でもまじないでもなく「この子を救いたい」という阿弥陀様の呼び声であり、私が称えるままがお救いに遇っている姿なのであります。すぐに意味が解らなくても心にかけて南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏と称えさせていただきましょう。今日も阿弥陀様が一緒に居て下さいます。尊いことです。

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