「私の戦後60年」 佐賀組 善定寺 木山星生師

今年は終戦60年の話題の多い年です。私も学徒出陣で戦争に参加、不思議に甦ってくる60年前の光景があります。

(一)「○月○日、○○部隊に入隊せよ」の召集令状に、旧佐賀駅のプラットホームがあふれんばかりの出征兵士の見送り人で混雑している最中、雑踏をかき分けて、私の側に近寄ってきた母から耳に口を寄せて「お前は何処へ行こうとしているのか。わかっているのか。」と詰問された時、「そんなことは知らん。」と反撥したこと。

(二)毛沢東の拠点に近い中国の奥地の部隊に配属された時、年季の古い兵士から夜中に呼び出され「俺は明日、出撃の順番がきている。人間死んだらどうなるのか。」と迫られ、中途半端な仏教用語を並べ立て「貴様の言っていることはわからん」と叱られました。

親鸞聖人は、「信心決定の人は、正定聚の位に住す。故に臨終まつことなし」とただ聴聞することをお示しになっています。

私は一年前、満80の傘寿を迎えました。同世代のつどいが年ごと減ってゆく高齢まで生かされながら、日常はその日の出来事に貪(むさぼり)、瞋(いかり)、痴(ぐち)の煩悩づくめの日暮らしを繰り返しています。

  機を見ればどこをとらえて正定聚
  法にむかえば うれしはずかし

と詠まれた「おその同行」のお味わいを聞思し、亡き母をはじめ、古参兵の呼び声を袖にしてきた私への大悲のお手まわしの強縁を聴聞さしていただきました。

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