「老少不定」松浦組源光寺 波多眞照師

「梅一輪一輪ほどの暖かさ」になってまいりました。寒いときは今生を終わっていく人が沢山あります。

私はまだ若いからと関係のない話だと思ってはいないでしょうか。仏法は「老少不定のわが身である」とあります。人間は必ず老いて、その姿は、シミができる、髪は白くなり、耳は遠くなり、目は疎くなり、足腰は不自由になります。また眠たくもあるなりです。その姿は誰もがなるものです。いつまでも若々しくありたいと願うのは誰しも同じですが、そうもいきません。又、人間は身体が痛むということです。最近はすばらしい薬がありますが、薬があるからとて毒好むべからずです。「酒は百薬の長」とありますが、度が過ぎると病気になります。人間は生まれたならば必ず終わっていかねばなりません。そして弥陀の浄土へ生まれさせていただくのです。『お正信偈』に「不断煩悩得涅槃」とありますように、欲、いかり、おろかな心を持ったままで救うとあります。私がいかに修行をしても悟りを得ることはできません。「欲も多く、怒り、そねみ、ねたむ心がひまなくして、止まらず、消えず、たえぬであると善導大師は教えられています」と私たち人間のことを言ってありますと親鸞様は述べられてあります。

すなわち、私が仏様に信心しますからどうぞ救ってくださいと願うのではなく、仏様の方から「南無阿弥陀仏」の声となって働いて私一人のために気づいてくれよと願われてあるのです。浄土真宗は私がする信心ではなく、如来様よりたまわる信心でありますからご信心というのです。このうえは御恩報謝の念仏であります。お念仏を申させて頂きましょう。

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