「共に」白石組正徳寺 浦霧慶哉師

あるお宅の七日のお参りの時のことです。お正信偈のお勤め、ご法話が終わり、鞄をおいてある席に戻ろうとしたら、亡くなられたご主人のお姉さんが、声をかけてこられました。
「ごいっさん、ちょっと話を聞いてもらってよかでしょうか?」

話を聞かせて頂くと、亡くなられた六十九才の弟さんは、今度で三回目の入院であり、その弟さんとの病室でのやりとりの話でした。

「姉さん、今度で三回目の入院だけど、今度はようならんごと思う。無理のごと思う。」と仰ったそうであります。その時、お姉さんは弟さんに、「大丈夫。お寺でこれまでも今から先も阿弥陀様がいっしょにおって下さる。わたしの命はお浄土に生まれ、仏さまにならせて頂くと聞いた。だから何も心配せんどよか。」と伝えたと。

その話をされた後、私に
「ごいっさん。難しい事、詳しい事は何も言えなかったけど、お寺で、ご法座で聞いたそのまんまを弟に話をしました。聞いた弟は、ベットの上で手を合わせ、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏とお念仏してくれました。それを見て聞いて嬉しく思いました。ごいっさん、親は私に、土地も財産も残してくれなかったけど、親は私を小さい頃からお寺まいりに連れて行ってくれて、お寺まいり、ご法座に座ることを教えてもろうた。残してもろうた」と話をして下さいました。共々に救って下さる阿弥陀様がいらっしゃる、共々に生まれゆくお浄土があることは、共に安心して、共に光に照らされた人生の歩みとなります。このことをあらためて共に喜べたお話でありました。

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