「我が子のごとく」三根組徳音寺 松信弘生師

年明けから心が痛くなるような事件が次々と起きてきます。特に宮城県で起きた赤ちゃん連れ去り事件には激しい憤りを感じました。

私も二児の父親ですが、「もし我が子だったら・・・」と考えると恐ろしくなります。人間は生まれてくる環境や条件を選ぶことができません、だからこそ縁あってこのような私のもとに生まれ、「お父さん、お母さん」と呼んでくれる我が子がいとおしく、全力で守ってあげたいと思うのが親のこころというものではないでしょうか。阿弥陀様とは真如の世界から娑婆世界へ来られた仏様のことであります。なぜ私の世界にわざわざおいで下さっているのでしょうか?

それは、私の住むこの娑婆世界が不安定で、当てになるものが何一つない世界であるから、光を灯し我が子を決してひとりぼっちにさせないために照らし護り続けるためでした。

しかし、私はそのような親の心はわからず、当たり前であるかのようにその存在を忘れ、一人で生きてきたかのように思い、或いは思い通りにならないと自分の人生を恨み、他人をウラヤムような歩みを続けているのです。

考えてみれば、毎日のように繰り返される悲しい事件は、自分勝手な欲望のためには、他人の悲しみは問題とならないような「ひとりぼっち」な人間の深い闇の部分が表れ出ているように思います。

今、遠い過去からの様々なご縁を戴き、如来様の前に座らせて頂くことのできているお互いは、私が頼ろうが、頼るまいが、「我が名を呼んでくれよ、ここにおるぞ」と照らし、「既に救いの中にあるぞ、安心していいのですよ」と護り続けていて下さる阿弥陀様のお心に耳を傾ける生涯を歩ませて頂きたいものです。

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