「本当の生きがい」 多久組善福寺 納塚不退師

先日、若い女性の方から「ご院さんの生きがいは何でしょうか。」と尋ねられました。彼女は、おそらく、自分の人生に大きな問題意識を持たれていたのでしょう。

「どうして、そのような質問が生まれましたか?」と逆に聞くと「ある方に同じ質問をされたが、私は答えられなかった。いまだに、よく分からないから、ご意見を聞かせてほしい。」これが彼女の真意でした。

生きがいとは自分の人生を意味あらしめ、支えとなり、喜びを与えてくれるものをいうのでしょう。皆さんなら、どうお答えしますか?

仕事や趣味は人生の喜びや楽しみであり、また衣、食、住の喜びは、生きておればこそ楽しめるもの、という彼女は、はたして、これが人生の生きがいなのか。今一つ何か、物足りなさを感じておられてようでした。

なるほど、仕事や趣味は人生において一時的な喜びや楽しみは与えてくれるが、遅かれ早かれ、それらの全ては必ず失っていく。この事実を決して忘れてはなりません。どれほど、やり残したことがあろうとも、やがて、これから私たちは捨てられていく。人生、永遠の支えとはなりません。彼女は人生の空しさをいやというほど、思い知らされておられたようでした。

法然上人は「いのち長らえるため、食べて生きるのなら、それは地獄行きの種を作り出している」と言われます。生きるために他のいのちを奪い取って食らう生活は、あまりにも空しすぎるのではないか、ということです。それでは人生はなんの意味もないのか、喜びもないのか。決してそうではありません。

「あなたがお念仏申す人生を歩まれるなら、仏さまによって人生そのものに素晴らしい意味が与えられます。お念仏申す人生に喜びの味が付けられています。そのための生活全体は、念仏の人生を支えるためのものになります。つまり、衣食住の三つは念仏生活を助けてくれるものだから、とにかく、お念仏を申されるように生きなさい。」と法然上人は教えて下さいます。

自分の小さな殻に閉じこもらず、私の全存在を広大な仏さまに委ねて、お念仏申す生活を送る。いつでも、どこでも、私はみ仏さまに支えられ、導かれ、生かされて生きることが私の本当の生きがいであります。

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