「同朋研修会の質問から」 北山組円光寺 安田積心師

先日同じ教区内の同朋研修会に出講させていただきました。話し合い法座で、「差別と区別はどうちがうのか」「寝た子を起こすな」「逆差別」の質疑がありました。過去経験した研修会で、これらの質問は必ず出ると言っても過言ではありません。

班を編制する。信号を赤青黄と分ける。数量を分類する。これらは区別ですね。

差別は、優越感と卑下感、つまり思い上がりと見下しの関係。人間の尊厳を傷つけ、自由を奪い、平等を犯すという本質。仲間外し、いじめ、侮辱するなどの行為を言います。差別と区別は全く違い、何でもかんでも差別ではありません。

放置しておけばそのうち差別はなくなると言いますが、放置してきたために今だ厳しい差別から解放できず苦しんでいる人たちがいます。寝た子を起こすな?寝た子は起きます。数百年間常に起きています。今、我々の心の中に潜む意識は起き続けています。偏見のまま起きるのではなく、正確な知識が必要です。

逆差別という問題。道路や住宅等環境の整備、教育や就職、救急、福祉の整備、日本国中あらゆるところが整備されています。ことさらに被差別地区だけが対象ではありません。ことさらに逆だという発想が問われているのです。お寺では差別問題や同和問題は必要ないというご意見がありますが、厳しい差別に苦しむ人を横目に見てのお念仏はありません。ウィルスは目には見えません。侵されて発症します。差別意識は目には見えません。意識は言動になって現れます。

親鸞様はいつも人々に敬意をもって接し、互いの命を大切にされました。阿弥陀如来さまの智慧に照らされ、我が身を見つめ、お慈悲の中に共にいる人々と安穏に生き抜きましょう。

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