7月
 

「入院して教えられたこと」 巨瀬組正見寺 傍見 暢昭師

2年半ほど前のことです。腹部の手術後10日ばかり経つと少しは本でも読んでみるかという気持になったのですが 論文などを読むと途端に眠くなります。


そんなある夜中のことでした。廊下を走る足音がするんです。目が覚めた私は「誰だ、こんな夜中に廊下を走るのは。きっと看護師に違いない。この病院は看護師の教育ができてないな。でも看護師のせいだろう。何処にもできの悪い人間はいるからな」と思い直しました。

数日後また目が覚めました。今度は走る前に喋ってまでいます。
「これは絶対病院に注文をつけておくべきだ。それがこの病院のためだ」と思いました。

3回目の事でした。今度は走る前に、喋る前に、ナースコールの音がなっていました。
やっと気がつきました。自分も手術直後何回かそのボタンを押したことを思い出したのです。
しばらくして看護師がやってきましたが、その途中走っていたことにはまったく気がつかなかったのです。

なんということでしょうか。この私は少し元気が出てくると途端に周りに起こっていることの本当の意味を解ろうともせず人が悪い、お前が悪いと周りばかりを責めているんです。

そんな私を看護師はいつも変わらず「気分はどうですか」と私を気遣って優しく接してくれるのです。
後日、ある医学部の教授は「看護師は患者の命に別状があったらいけないから走るように教育されているんですよ」 と教えてくれました。冷や汗が倍になりました。


これは南無阿弥陀仏とまったく同じことではないでしょうか。自分の心の有様がどのようになっているかを知ろうともせず他人のことを批判ばかりしている私を縁起の世界、真実の世界に引き入れずにはおかないと駆けまわってくださっている阿弥陀様であることをこの看護師さんは教えてくれました。
まことに有り難いことでありました。

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