「肝心なことは目に見えない」   白石組 正行寺 太田心海

  保育所に勤めている娘が「お昼の給食の時間に、こどもたちが『給食の先生いただきます』と云っているけど、おかしいよね」と話していました。それを聞いて、その娘が小さいころ「お母さん、いただきます」と云っていたのを思い出しました。その時、私は「お母さんだけじゃないでしょう」と云いました。私の子供たちが行っていた保育園では「天地のめぐみに感謝します。いただきます」と云わせておられました。「いただきます」というのは、お料理を作ってくださるお母さんから、ご馳走になってくれているお魚や牛や豚など、それこそ天地のめぐみのすべてに対して感謝の心を表す言葉です。しかし、子供は目の前で料理作ってくださる人のことしか考えません。


 最近、色々な事件や問題のことを知らされるにつけ、大人の社会にいたるまで、目先のことだけにかまけて、「こんなことをすれば親や家族が、そして人がどう思うだろうか、近い将来自分がどんな目に会うだろうか」などということを考えないようになってきているような気がします。しかし、私たち人間にとって最も大事なことは、目耳鼻舌身の感覚的な世界ではなく、その基になっている心であるというのが仏さまの教えです。


 フランス人が書いた「星の王子さま」という童話に出てくるキツネが王子さまにいう、こんなセリフがあります。
 「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないてことさ。かんじんなことは目に見えないんだよ。」「人間っていうものはこの大切なことを忘れてるんだよ。」


 金子みすずさんも「昼のお星は目に見えぬ。屋根の瓦のすき間に、だあまって春の来るまでかくれてるタンポポの根は目に見えぬ。見えぬけれどどもあるんだよ。見えぬものでもあるんだよ。」と歌っています。


 このような目に見えない大切なことに気づかせてくださるのが仏さまにいただく信心の智恵であります。

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