「生と死の矛盾」  北山組蓮福寺住職 菅原信隆

 人にとって何が一番大切かと尋ねられるならば、いったい何と答えるでしょう。

若者ならば恋人かもしれませんし、中年ならば仕事や家族でありましょうか。老人になると健康かもしれません。

各年代で又置かれた環境により違いはありますが、それらはどれも大切なものでありあります。愛する人と一緒に暮らし、仕事が充実していて、いかもお金に不足がなくかつ健康で一生をおくれるのであるならば、これに超した事はありません。しかしこのように全てがうまく行って生涯を全うできる人というのは、非常に少ないものです。
 人が味わう幸せの絶頂といえば、愛する人と結婚した時が第一にあげられるのではないかと思います。最近では恋愛結婚中の恋愛結婚「できちゃっと婚」が多くなってきました。
 しかし精神的に未熟な若者が心が大人になる前に親になってしまい、その結果結婚生活がうまく行かず、離婚するケースが多いのです。そうなってもすぐに再婚ができればいいのですが、世の中はそう簡単にはいきません。
 一生涯一人で暮らさねばならぬと自覚した人には、こんな内なる矛盾が顔を出さぬでしょうか。
「自分はいったい何のために今まで生きてきたのであろうか?この先生きていって何の意味があるのであろうか?」と。生きることに意味を見出せず死を意識した人には、
 「死後にはどんな世界が待っているのであろうか?」
という問題であります。
 それ迄にもこの矛盾が出てくる事があったと思いますが、恋愛だ、仕事だ、子育てだ、と関心が外へ向いている内は、この問いはなかなか表面化しにくいものです。結婚生活や仕事に失敗したり、定年を迎えて己を振り返ったり、死を目前にしてそれ迄生きてきた意味、死後の世界を考えたり時等に、この問いは顔を出すものです。人は皆心の奥底にこの矛盾をかかえているのですが、なかなかこの問題の解決に心を向けようといたしません。人間がいだいているこの心の根本矛盾に解決の道を与えたのがお釈迦様の教え「仏教」であり、その心を受けた法然上人、親鸞聖人の教えであったのです。数ある中にはこの矛盾に一度も会わずに、明るく楽しく一生をおくる人がいるでしょう。それはそれでけっこうな事です。しかし、多くの人はそうではないはずです。どなたもこの生と死の根本矛盾を自分なりに解決し、明るく朗らかな心で生涯を全うさせていただきたいものです。

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