「いろいろなご縁を通じて味わうこと」  松浦組 賢海寺住職 西 暁浩

 この世に人間として「生」まれることは千載一遇の縁でありますが「死」は必ず、分け隔てなく全ての人に、やってくる、遅かれ早かれ、その生死の間に老病を加えて、四苦とお示し下さったのが釈尊である。
 人の命の誕生は大変悦ばしいことであり、親・兄弟の死は、愛別離苦と示され最も悲しき出来事である。
 我が家にも昨年8月のお盆過ぎに「孫」が誕生してまもなく1歳の誕生を迎えます。母親の胎内で最初は4ミリ、1ヶ月経過して1センチ、生まれたときは3千2百グラムでこの世に誕生した。
 また1月の24日には叔父がお浄土へ還っていきました。検査入院ということでしたので、「そのうちに」「いずれ」お見舞いに行けばの思いながら2週間が経過した頃に病状が急変して、危篤の電話で坊守と病院へ駆けつけ、エレベーターを待つのも、待ちきれず会談を駆け上がり病室へ急ぎましたが臨終に間に合いませんでした。

 危篤と聞いて病院へ駆けつける車の中で、8年前の12月に先代住職の危篤の時もこうやって車でぶっ飛ばして行った事を思い出していました。

 いまわたし達は「縁」あって「人」としてこの世に生まれ、いろいろの人々に出会い・いろんな出来事に出会い、年を重ねながら老いて往くのである。

 私は去年の夏「孫」に遭うことができた、わが子とはまた一味も二味も違う存在であり。1日1日が「孫」を中心に何事もまわっています。自転車を押して本堂を一回りして廊下を通って茶の間に入ると得意そうな表情をして家族の笑いを誘い、伝い歩きをして拍手、8月から保育園に入園してからは、食事の前に「合掌」をし、仏様にお参りをして「合掌」いろいろの事を学んでいるようである。

 孫の名前は「茉由良」サンスクリットのことばで「孔雀」という意味だそうです。そのモミジのような手を合わせて合掌する姿に、すこやかに育って欲しいと願う今日この頃である。

 孫の姿を目を細めて見ているのも、偽りのない私の心の動きであり、また叔父との別離に遭い、もっと早く病院にいってお見舞いに行っていればなあという後悔の気持ちで一杯であるこの心も偽りのない心の動きである。

 私の妻が、父がお浄土へ還ってそろそろ1周忌を迎える頃につぎのような話。「お母さんもお父さんが亡くなって寂しいだろうなあ、あんまり怒ってばかりでなく、やさしく接していかなければいけないなあ、年寄り嫌うな行く道じゃ・こども叱るな来た道じゃ」とつぶやいた。

 それを聞いた私は心の中で、これからはやさしく母に接するだろうと思っていたが、「やさいいとき」「おこるとき」その時によて違ってくる。それが私である、「年寄り嫌うな行く道じゃ・こども叱るな来た道じゃ」どちらも妻の本当の心の姿である。

 親鸞聖人の慶びは

  @人間に生まれたこと。

  A法然上人に会えたこと

  B罪悪深重の凡夫が救われるということ

とあるように、人間に生まれさせてもらったおかげで、叔父さんにも、孫の茉由良にも遭うことができ、叔父の死を通じて、蓮如上人の「仏法をあるじとし、世間を客人とせよといえり」というおことばをしっかり胸に刻んでこれからの人生を歩んで生きたい思う日々である。

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