「また お浄土で」        三根組長泉寺住職    三玉洪人


 先日の某新聞をお読みになられてご存知のお方もおありでしょうが、佐賀市内の私立S高校の女子陸上部の監督O先生が64歳で去る11月8日お亡くなりになりました。先生はその高校に女子駅伝チームが無く、自ら各方面に協力を依頼し陸上部を設立し、それこそ生徒と一緒に走り、各方面へ自分のワンボックスカーに生徒を乗せ練習試合に出向き、授業は勿論のこと生徒と行動をともにして来られ、見事、今年12月21日京都の都大路を佐賀県代表として走られる栄冠を得られ、選手の皆さんもご父兄も学校全体も、佐賀県民も大いに喜び、選手の皆さんは、京都での活躍、上位入賞いや全国優勝を目指して今も練習をしておられる事であります。

 しかし、そのO先生は6年ほど前に癌と診断され、入院手術退院を繰り返し、それでも退院すると学校へ行き、選手の指導を続けられました。走る技術は勿論のこと、心の問題までも見守ってこられました。

 そのS高校で講演会があったそうです。その時おはなしをされる「K」先生を佐賀駅までお出迎えにゆかれたのです。その時O先生は首にペットボトルが下がっていたのです。

 

 その姿、格好をみられたK先生がそのペットボトルはと聞かれると、

ああこれですか、これは抗がん剤で、私は癌なのです。でも私には夢があるのですよ。私が監督をしている陸上部の子らを冬の高校駅伝、あの【京都都大路】へ出場させたいのです・・・

と力強くおっしゃったそうです。

 しかし、その優勝の知らせを息も絶え絶えのうちに、優勝旗を持参した生徒らより報告を受け、

ありがとう良かったと、うなずかれ、都大路を走る姿を想像しながら、去る11月8日往生の素懐をとげられました。

 葬儀が終わり、荼毘に付され、寺へのお礼参り、多忙な中にすぐさま初七日の法事、その法事終了後、O先生の奥さまが仰いました。

『火葬場で夫と一緒に釜の中へ入ろうとさえ思いました。これからも逢えないし寂しい毎日が続くであろうと・・・しかしお礼参りの時、初七日の今夜、住職の法話を聞いて安心しました。永遠の別れではなく、浄土に往生すると云うことは、しばしの別れであって、またお浄土で遭えるんですよ、遭える力が、本願力なもあみだぶつ南無阿弥陀仏、そしてまた今生に還り衆生済度のはたらきを続けてくださるのが夫ですね、遭えるそのときをたのしみに、今を生きよと夫が叫んでいるようです今後は夫と一緒に聴聞させて頂きます。』

と尊いおことばを頂きました。

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