「獄窓にそそぐ み光さやか」        佐賀組照光寺住職    田中 理


 私は、教誨師として、鳥栖市にある麓刑務所を毎月訪ね、宗教教誨を行っています。宗教教誨は、収容者が教誨に参加して、過去を悔い改め、社会の一員として復帰するため、更正意欲を起こし健全に生きる心を育てることを目的としています。

 麓刑務所は、九州でただ一つの女子刑務所です。定員は約300人ですが、はじめて入所した人、何回となく刑務所の入退所を繰り返す人。刑期が短い人、無期刑など長期収容の人、年齢も10歳代から80歳代と様々です。

宗教教誨に参加するようになり、自分の犯した罪の重さを考えるようになります。教誨参加の皆さんと『お正信偈』をお勤めし、ご法話の後、仏教讃歌や唱歌を歌い、心和(なごむ)むひとときをすごします。

    静かに暮れゆく この夕べ 鐘が鳴る 鐘が鳴る

     聞けよ めざめよ 同胞よ 鐘が鳴る 鐘が鳴る

 

 一日の作業を終え、聞く読経の鐘の音(ね)、彼女たちを待つ父や母の住むふるさとの、そして施設にあずけられ母の帰りをまつ子供たちが聞く山寺の鐘の音(ね)と思うのでしょうか。

 折しも、作業を終え、収容者が自室である舎房へ戻る道筋には、

   ”償いの 道にいそしむ 女(おみな)らに

              あまねくそそぐ 春のみ光り

の碑文が建てられています。

 ”光といのちきわみなき あみだほとけを仰がなん”阿弥陀仏の智慧の光は、獄窓の隅々までそそがれ、み仏のめぐみの中で、彼女たちは仏前にぬかずくのです。

 思えば、受刑中の彼女たちと立場は違っていましても、思うようにならない人生を送り苦悩する私たちに、さし向けられる阿弥陀如来の智慧と慈悲、収容中の彼女らと同じように南無阿弥陀仏の悲願に催され、大慈大悲の命のよりどころを気づかせていただきます。

摂(おさ)め取って捨てないというみ仏の大いなるめぐみの中に過ごす人生、本当の私に遭えた、感謝のお念仏が出てくださるのです。

     ”み仏の 果てなき慈悲に照らされて

              過ぐる月日の いかに尊き”

                           ナマンダブツ ナマンダブ

                                            合掌

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