「悪人正機」        巨瀬組 浄泉寺  水町 芳信

 二十一世紀になって早十年。月日の経つのはあっという間ですね。

そんな中。今年もまたいのちにご縁をいただき、御正忌報恩講を迎えることができました。ありがたいことです。

一週間精進をさせて頂きますと、日頃いかに多くのいのちを頂戴しながらわが命に代えさせてもらっているかが身にしみます。


 ここに二十六・三歳いう数字があります。どんな数字だと思われますか?

これはですね、人間が野生の中で動物たちと一緒に生きると、人間としての平均寿命がこの数字だというのです。

どうですか、今日本人の平均寿命はこれの三倍以上になっていますよね。人間が平均寿命を延ばしたということは、医学や科学の進歩ももちろんありますが、動物や植物のいのちを奪い続けてきた歴史でもあるのです。


 また戦争をはじめとして、同じ仲間を平気で殺し合うのも人間です。

これは他の動物では決してみられないことです。こう思いますとこの地球上で人間ほど恐ろしい動物はありません。
こんな私達を悪人と呼んでくださった親鸞聖人。私達は自らの心の貧しさや弱さに目覚めたり、私が生かされていることに感謝する心は自分からはなかなか起きるものではありません。

真実のみ教えの光に照らされ、それを仰ぐことによってのみ育てられるものです。お釈迦様が二千五百年前にお説きになったみ教えは親鸞聖人の上ではお念仏というかたちで受け止めてくださったのです。


 おそらく今日の多くの人が、本当に見なければいけないものを見ないで、見ないでいいものばかりを見ている。

本当に言わなければいけないものを言わずに、言わんでいいことばかりが口を衝いて出ている、そして本当に聞かなければならないことを聞かず、聞かないでいいことばかりを聞いている。

このような生き方しかできていないと思うのです。そういう私たちであるからこそ、阿弥陀様は放ってはおけないで働き続けてくださるのです。


 阿弥陀様の智慧に磨かれ、慈悲に育まれていくことこそ、真実のいのちを見いだすことになるのです。

南無阿弥陀仏を私のすべてのよりどころとして、これからもお互いにお念仏の道を歩ませていただきましょう。

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏 阿弥陀様と私 私と阿弥陀様 どちらからもようこそようこその語り合い。

これほどの幸せはありません。これほどのありがたいことはありません。南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏。

 

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