「願われて」        北山組組 光照寺  右近 隆城

 久しぶりの積雪で何度か歩いてお参りに行きました。雪明かりが実感出来る一時でした。

大人は雪が降ると右往左往して除雪して貰えない、明日はどうやって会社へ行こうかと想いを巡らせます。

積雪した田んぼの法面(のりめん)を子供たちがビニールの肥料袋で滑っています。どの子も楽しそうに冷たさなど微塵も感じていないようです。


仏説阿弥陀経の中に「かくのごときらの恒河沙数の諸仏ましまして」と何度もお説き下さっています。

阿弥陀様のお浄土をガンジス川の砂の数程の仏様方がお勧め下さる一段です。

私たちはこの部分をどのように味わっているでしょうか。


 散歩の途中、犬が立ち止まり空中に向け鼻をくんくんしてます。

何をしてるのかなと観察してると、どうも風を感じてるようです。風にも匂いがあるのでしょう。

風も目に見えません。周りの木々の音によって感じることが出来ます。

私が毎日頂いてる食べ物もどれだけの人の手を煩わせたか見えません。しかし、確実に食べています。

願いも私の目には見えません。見えていても見えないふりをする事もあります。
私にはお浄土は見えない世界です。見えている世界が全てで、見えない世界は私には無関係だと思っていませんか。

 ガンジス川の砂の数程の仏様が阿弥陀様の真実に出逢うことを願って下さいます。

見える物ばかりを追い掛けて、見えない物もあるのだと知らない事は寂しいことです。

私には恒河沙数の仏様が必要であったのだ。

お念仏申すということは見えなかった願いをしっかりと受け止めている姿です。

私には見えない仏様に願われて。私には見えない仏様に抱きとられて。そんな仏様とお話しましょう。

 

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