オリンピック選手に思う    牛津組 光楽寺住職  蒲生 晄隆

 

 「自己を知る、自己を律する、自己に打ち克つ、これこそがアスリートの義務であり、最も大切なことである」

これはフランスの教育者であり、近代オリンピックの創立者であるピエール・ド・クーベルタン男爵の言葉です。

今年のバンクーバー冬季オリンピックでも期待された選手が振るわず、逆に思いがけない選手が上位入賞したりで悲喜こもごものドラマが展開されました。


 それぞれの選手は、なんとかメダルをと思い、一所懸命に努力しています。競技に向かう際にはさまざまな複雑な因子が選手にプレッシャーとしてはたらきます。また、時には思いがけないアクシデントが起こったりもします。

その上での結果です。私たちはややもすると結果だけを云々しがちですが、本番に至るまでに肉体的、精神的に耐え乗り越え成長してきた選手たちを思えば尊敬せずにはおれません。選手のすべてがそこにあります。だから感動をおぼえるのではないでしょうか。

 選手たちの目的に向かう姿は人生そのものです。そしてクーベルタン男爵の言葉は選手だけでなく、そのまま「自分を知らず、自分に甘え、自分の怠惰心に負けてしまう」私自身への言葉でもあります。

 釈尊の法句経にも「戦いで百万の敵に勝つ人よりも ひとりの自己に克つひとが まことに最上の勝利者よ」と、自分自身の心を修めてゆくことの大切さをお示しです。 

 「この日、この時、この場所が、私のすべて」という言葉がありますが、後にも先にも行けないつま先一寸の、いつ落ちてもおかしくない、代わってももらえず逃げることもできない崖っぷちの私がここにいます。選手もまた同じです。選手たちはメダルという目的があればこそ苦難の道も乗り越えて行くことができます。まさにメダルに導かれてです。

 この私も一寸先は闇の人生にあっても、阿弥陀さまの救いのおはたらきによって、真実のさとりを開いた後は、

苦悩に迷える人々を救う仏にせずにはおかないという究極の目的があればこそ、親鸞さまがおすすめくださった南無阿弥陀仏の願いとお念仏に導かれての今日の一日一日です。

先行き不安の時代にあって、安心して任せられるものを持っている人の人生は余裕があります。

それが南無阿弥陀仏に包まれての光の人生であります。

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