「救いは今、ここに」    藤津西組 證誠寺住職  橋本 教宣

 

 夜明け前のご本山の白洲、雪駄をさくさくと鳴らして阿弥陀堂の向拝の前を通った。

一揖の後、しばらくして、御影堂の大屋根を背に、式務部の香房に入った。

やがて喚鐘の音、一面に響き渡る、南无阿弥陀仏・南无阿弥陀仏と称名の声が喚鐘の音と重なった

お勤めが終わった。

ご文章の拝読の後に、ご法話。

 司会者より紹介があった、すぐに立とうと思ったが緊張のせいか すぐに立てない、

しばらく間をおいて 演題の前に進んだ

 讃題は、「拝読 浄土真宗のみ教え」より浄土真宗の救いのよろこびを戴いた。 

 「阿弥陀如来の本願は かならず救うまかせよと 南无阿弥陀仏のみ名となり たえず私によびかけます

このよび声を聞きひらき 如来の救いにまかすとき 永遠に消えない灯火が 私の心にともります 云々」と、

 阿弥陀さまは、いつでも、どこでも、どのような人でも どんなことがあっても捨てませんと、南无阿弥陀仏の声となり、私によびかけて下さってあります。

このよび声をお聞かせに預かったとき すでに阿弥陀さまの救いの大悲の中に生かされてご恩報謝のよろこびの道を歩むことができることでしょう。

 

 阿弥陀さまのご本願の救いは、いのちを終えてからの救いではなく、今、ここでの救いであります。

悲しいこと、つらいこと、苦しいこと、思ってもいないことが、突然に起こることもあるのが人生ではないでしょうか。

 阿弥陀さまの救いは、悲しいこと、つらいこと、苦しいことがなくなるのではなく、転じられるのであります。

つまり、お浄土の方向に私の方を向くようにして下さるのです。

ちょうど「ひまわりの花」のように 日の照る方に向かって 花が回るように廻転趣向と申します。回って回って私のところに向こうて来て下さってあります。

お浄土より届けられたお念仏 尊いご縁を戴いております。

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