田代組  遍照寺  毛利瑞慶

 「若婦人の集い」にお世話になった時のことです。

前席を終え、お茶を戴いていましたら、お歳を召された仏婦会長様が来られ、済みませんが解る話をして下さい、

本日の参加者の半数以上は初めての方ばかりですので・・・・


その後「解る話をして下さい」が頭から離れませんでした。

御本典(教行信証)を勉強しておりましたら、証巻に「非常ノ言ハ常人ノ耳ニ入ラズ」と出てます。

「常並でない語(ことば)は常識の人間の耳に入らず」常識の人間には解らないという事です。
結局南無阿弥陀仏のみ教は常識では解らないという事です。

 例えば「犬は人間の言葉は解らない」でも「お手お手」何回も何回もやっているうちに解る様になります。

おかわり、ふせもする様になります。

人間とて同じ事、お聞きなさい、聴聞を心に入れなさい。これが一番お念仏を身につける方法です。

他に方法はないということを蓮如上人様は「只仏法は聴聞にきわまることなり」と御一代聞書にお示し下さってます。

 お念仏を喜ばれました甲斐和里子(かいわりこ)様は「法味随想」に次の様に書かれています。
「私は年を取って、外面はいよいよ不細工になってゆくけれども、内面の心根の方は老いるに従って少しづつましになってゆく様に思われます。そう言うと人は苦笑されるかも知れませんが、何を言われても、私は若い時より年を取った今が少しましになった様に感じられます。人間が少しづつでも、ましになると言う事は只事ではありません。

これがひとえに、お念仏のお働きです。」

お聴聞に心掛けましょう。

 

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