佐賀教区 松浦組 源光寺住職  波多 眞照

 

 私たちの仏さまのお名前は、阿弥陀如来、南無阿弥陀仏というお方です。

またその名を名号といい、名のりであります。お父さん、お母さんは名前ではありません。

子に対する名のる働きです。

 子供がお母さんのお腹に宿ったことを知ってからはお腹をさすりながら「無事に生まれてくれよ」と願い子供が生まれて1週間もすれば親の自覚も出きて「お父さんだよ、お母さんだよ」と子に呼びかけていきます。

 1年もすると子が「お父さん、お母さん」と親の名を呼んでくれます。
その時、親は大変うれしものです。

子が親の名を呼ぶ前から親は子の名を呼びつづけているのです。

 同じように阿弥陀様は強情なこの私にずっと以前から喚びかけつづけて下さっています。

その事を本願招喚の勅命、仏様のお喚び声です。

 このことに気づこうが気づくまいが親様の名、「南無阿弥陀仏」とお念仏を称えようとおもいたつ心のおこる時に、往生は定まります。今生がお浄土はありませんが、命終わる時に、仏様のお迎えは必要ありませんし、阿弥陀様のお名号の徳として煩悩をかかえたままで往生できるのです。

 すなわち如何なる罪も浄土往生の障りとはならないのです。私たちは、実生活の中で、玄関の向きとか、印相、墓相、うらない等、他の人が気になることが気にならなくなっているのが、阿弥陀様の御縁に遇えた所以でしょう。

ますます仏法聴聞に御縁あられる事を願います。

 

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