佐賀組 照光寺住職  田中 理

 皆さん ようこそのお聴聞です。

本日のお取り次ぎを担当させていただきますのは、佐賀組照光寺住職 本願寺派布教使の田中 理(たなか おさむ)です。

 私たちはただ一人この世に来て、ただ一人この世を去って行く単独者です。生と死は紙の裏表のようなもので、生死の問題は「生死の壁」「後生の一大事」とも言います。

この生死の壁を超えていく道を明らかにされたのが今年750回ご遠忌法要がお勤めされる親鷺聖人です。

聖人が説かれた法はまさしく「生死出づべき道」であります。

 さて,平成23年3月11日東日本を中心としたマグニチュード9.0の世界最大級の大地震と大津波による死者、行方不明者、避難者の数はおびただしく、加えて被災地は、核燃料の露出、放射能の飛散による未曾有の災害がおこりました。

 親鷺聖人75O回大還忌法要のスローガンは「世の中安穏なれjと示されたことは、様々な苦悩や困難に遜遇しながら人生を過ごす私たちに、また,被災された方々の苦しみに寄り添うことを願われた{おことば」であります。

 阿弥陀如来のご本願は、煩悩から一歩も出ることのできない衆生を「必ずたすける」と、この私に働いて下さるのが南無阿弥陀仏のお名号です。浄土真宗の教えは、今ごこが臨終であっても、このご本願を聞けば、間に合う教えであります。

 俳人松尾芭蕉の門弟「河合曽良(かわいそら)」は.芭蕉の「奥の細道」紀行に随伴し壱岐勝本で客死しましたが、”行きゆきて たおれ伏すとも 萩の原”と詠みました。

南無阿弥陀仏のはたらきは、今私の上に至り届いています。それは私を仏にするというはたらきであり、私がどこで倒れようともそこが彼岸の世界、お浄土なのです。

「萩の原」とは、このお浄土をあらわした名句です。私の周りには、明日おも知れない不治の病を抱えている人、不慮の災害、事故に遭遇する人が少なくありません。

阿弥陀如来はそれらの一人も漏らさず救ってくださるのです。いつでもどこでもだれにでも届けられている南無阿弥陀仏だからです。必ずすくい取って檜てないという南無阿弥陀仏の法を聞かせていただくのが浄土真宗の要なのです。

では、またのお聴聞をお待ちします。なむあみだぶつ、南無阿弥陀仏

 

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