三根組 聞法寺 平尾晴久
佐賀の民謡に「おりきんばっちゃん」という題名がついたウタがあり、そのなかに、こういう詩があります。
「おりきんばっちゃん どこいくかんた、お数珠どんばさげて、新しか下駄どみゃ〜ひっぱ〜て、あたしゃ願正寺さんに講参り行きよったい、なんの講や、お彼岸たい、そりゃ奇特なこったい、とこ 御御堂まえの石段々で ひっころばんごとない」という民謡です。
おりきさんが、どこかに出かけようとすると近所の人からどこに行くね、何の用で?服装は?と いろいろ詮索する人がいますがこれはわたくしがそうであります。
さて、私たちは今ここに、人間として生まれてはきたのですが、どこに行くのか、何の用があって、この世に生まれてきたのか、わからない人生ならば空しくなるばかりです。
人生にやり直しができるなら、いいのですが一度しかない命を抱えてのわが身でります。
そんななかで、どんな障害やつまづきや、困難が待ち受けていようが、ちゃんと人生の目的を持ち、これで大丈夫、という人生を歩むことができるということを教えて下さるのが仏法に出遭うということであります。
おりきさんというかたは、その答えを教えてくれる場所をみつけておられたのです。それがお寺でありました。
私の人生の行く末には往生間違いないとお聞かせにあずかるところに 安心して生き抜くことができるのであります。
浄土真宗は往生浄土の道を歩む人生ですと教えてくださることです。
信心定まるとき、往生定まると教えて下さった親鸞聖人であります。
その信心の、おいわれを聞く御縁がお彼岸さん、お講さんであると おりきさんは心思いながら願正寺さんにお参りされてたのではと、偲ぶことであります。