「遭えてよかったね」       松浦組 賢海寺  西 曉浩

 

 三帰依文に「人身受けがたし、今すでに受く。仏法聞きがたし、今すでに聞く〜〜」という御文のように私たちはおかげさまで、父と母を縁として生まれさせて頂きました。


 でも、親は子を選ぶことができません、子も親を選ぶことができませんし、きょうだいもそうです。


 家族という人間関係において選び選ばれてできたのは夫婦という人間関係のみであります。


 世界の人口が約70億だそうですが、男女それぞれ35億として35億分の1の確率で偶然に出遇ったのが私たち夫婦なのであります。

 9年程前のことですが、私の娘の結婚披露宴の祝辞をお願いしたA師が「お互い知らない者が、縁あってここに夫婦になることは誠におめでたいことではありますが、いつまでも一緒にいられるのではありません。

 いつかは別れなければなりません、『出遇いは偶然であり、悲しいけれど別れは必然』であります。」とお話をして下さいました。

会場は一瞬ざわめきました、しかしよく考えてみると私の死によって否応なしに、すべてとお別れしなければならないのです。

 その別れの時に「あなたに遇えてよかった、あなたのおかげでいい人生を過ごすことができました、有難うございました、今生ではお別れしますが、またお遇いしましょう」と最後に言える人生を過ごしたいものですネ!

 山陰教区の温泉津組の波北彰真師は「みんなの いのち かがやいている」という本のなかで「なかなか 遇えることじゃないのに あなたに 遇えてよかった あえてよかったネ 大事なことを いのちの輝きを 教えて下さって ありがとう」と「人生のほほえみ」のなかに「遇えてよかった」ということで書いて下さいました。

 生まれ難き人間に生まれさせて頂き、遇い難きお念仏のみ教えに遇うことができました、お念仏の薫る家庭を育み共にまたお遇いいたしましょうと言えるお念仏の道を歩ませて頂きましょう。

 

|戻る