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               佐賀教区北山組 蓮福寺  菅原信隆

 

 『大無量寿経』にこのようなお言葉が出てまいります。

 

  人、世間愛欲の中にありて、独り生れ独り死し、独り去り独り 来る。行に当りて苦楽の地に至り趣く

  身みづからこれを受くる に、代るものあることなし。

 

 自分に代わることができないことは世の中に沢山あります。

このこと一つが自覚されただけで、人間の生き方に大きく影響するものです。

 昭和三十七年の年末のことでした。

北海道学芸大学山岳部十一名のパーテイーが大雪山の縦走を目指しますが、山上で猛吹雪に遭い遭難いたします。驚異的な体力を持っていた隊長の野呂(のろ)幸司(こうじ)さんだけが救助隊を求めて下山いたしますが、救助隊が行った時には、十名全員が死亡しておりました。野呂隊長は亡くなった仲間の親や報道関係者から罵詈雑言を浴びます。

何を言っても通じませんでした。自分の判断ミスのせいで十人の仲間を失った野呂さんは、その時大きな決断を致します。

「死んだ十人の分まで生きよう」と。その後野呂さんはすさまじい勢いで仕事に熱中いたします。

 先年北海道で山に登っている友だちに聞きましたら、「野呂神話」という言葉があるんだということを教えてくれました。どんな難しいことでも、野呂さんなら何とかするだろうということなんだそうです。

どのくらいのすごい生き方をして来たかがわかると思います。

 十人分を一人の人間が生きられるはずがありません。しかし本人はしようとおもったのであり、しかもそれが出来るのは自分以外にいないのです。

当に「身みづからこれを受くるに、代るものあることなし」の自覚のなせる業でしょう。

ご本人は『大無量寿経』のお言葉はご存知ないかも知れません。しかしこのお言葉の示している心が野呂さんをして生き方まで変えたのです。こう言っていいと思います。

 

 

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