「苦悩のままでは終わらない」      神埼組 円樂寺 多門龍成

 

 阿弥陀様はすべてのいのちを救うために、四十八の願いを立てられ、果てしない修行の末に、その願いを成就して仏となられました。

四十八の願いのうちの一つには、仏の国に生まれた人には、限りないいのちを得させようとあります。人はいつまでも生きていたいと願うものです。だからこそ、限りないいのちを得させようとお誓いになられたことをうかがい知ることができます。
しかしこの後には、仏の国に生まれた人は但しそれぞれの希望で、そのいのちを短くすることもできるとあります。

限りないいのちを得ることができるのに、短くすることもできる。

一体何の必要があって、このような願いをお立てになられたのでしょうか。

 「今日は半年ぶりに、大好きなビールを飲みました。もう我慢する必要がなくなりましたから。」いつも元気そうにしていて、皆から慕われていた女性。

しかしその日は、今まで見たこともないような辛い表情をされていました。
彼女は涙を堪えながら、皆の前で告げます。「明日は病院に行ってきます。少しばかり早い、産声の無い出産です」。

大切なものを失った人に慰めの言葉をかけることはできますが、その苦悩を解決する手立てを、私たちは持ち合わせません。

 しかし阿弥陀様は、どのようないのちも必ず救うと誓われたのです。大切なものを失う悲しみは絶えることがありません。
しかし生まれることさえ叶わなかったいのちも、私たちにいのちの儚さと尊さを伝え、悲しい出来事をご縁として、仏法に出遇ってくれよ、仏様の話を聞いてくれよと私たちを導いて下さる仏様であった、といただくことができるのです。

 母親は子供がお腹の中にいる時から母親として子にはたらきかけるように、阿弥陀様は私たちがかならず仏の国に生まれるようにと、今も耐えることなく私のもとではたらき続けて下さいます。

そのお慈悲の心に気付かせていただくとき、悩み苦しむことの多い人生も、ただ苦しいだけでは終わらない、仏の世界へと導かれていく人生となるのです。

 

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