三根組 聞法寺  平尾晴久

 

お彼岸も過ぎましたが、お彼岸によせて味わうことです。
昔から「お彼岸に参らないものは虫になる」という言い伝えがあるようです。
彼岸には春と秋があります。

曇鸞大師の言葉に「ケイ「虫へんに恵」蛄(けいこ)春秋(しんじゅう)を知らず」という文言があります。この意味は「蝉は、春、秋を知らない」ということで、言い換えれば「蝉は夏を知らない」ということでもあります。

暑い盛りに地中より出て、暑い盛りのうちに死んでいく蝉ですが、セミ自身は今、何所にいるのか気づいていないということであります。

さて、人はどうでしょう。

この人間世界に生まれてきたことでありますが、自分の居場所がどこなのか気づいていないのであります。

それをお釈迦様は「迷い」と教えてくださり、この私がいる岸、つまり此の岸より、彼の岸に到れよと勧めて下さいます。

「お彼岸にお参りしないと、虫になるよ」と戒めて、私に虫じゃない、「人になれよ」と、ご催促してくださっておりましたと、いただいていくことが肝要と知らされることであります。

仏様の、 み教えに遇うということは、自分がどこに生まれてきたのか気づかないまま、欲をだし、腹を立て、ねたみ、愚痴をこぼしながら、過ごしている私にまた、お浄土に生まれたいとも思わない私にむかって、「きづいてくれよ、お浄土に生まれてくれよ」と願いをもって呼んでくださっておられるのが南無阿弥陀仏の おはたらきであったと知らされることであります。

「彼岸に参らんものは虫になる」とは、「われ称え われ聞くなれど 南無阿弥陀仏 つれてゆくぞの おやのよびごえ」でしたと味わうことであります。


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