光厳寺   吉良泰文

 

 さるご婦人が、道を歩いておりました。

突然お腹の具合が悪くなり、大きい方をもよおしてまいりました。人家はあれども、初めてのおうちに唐突にトイレを借りるわけにもいかず難儀をして歩いていますと、お寺がありました。お寺さんは借り易いと思われたのでしょうか、お寺へ駆け込むようにトイレの拝借をお願いしますと快く貸してくださいました。

 

 間に合ったー。出すものを出してほっとすると、目の前のトイレットペーパーが切れておりました。一難去ってまた一難、あいにく持ち合わせがありません。

 

 躊躇しましたが思い切って大きな声で「すみませーん。紙が有りません。申し訳ないですが紙をくださーい。」

恥を承知でトイレから叫びました。広いお寺のこと、自分の声は届いたかどうか? しばしの沈黙

 

 そのとき ご住職のお念仏もうさる声が聞こえてきました。「なんまいだー。「なんまいだー。」

 

 良かったー、聞こえて下さった。ご婦人は大きな声で、「たくさんはいりません。ほんの5・6枚でけっこうでーす。」

 

[しばしの間]

 

 笑って頂けましたか。

 お念仏も受け取りようでいろいろ。考えさせられます。

 

 ご文章に、「それ、南無阿弥陀仏ともうす文字は、その数わずかに六字なれば、さのみ効能のあるべきともおぼえざるに、この六字のうちには、無常甚深の功徳利益の広大なることそのきわまりなきものなり」との仰せ、こんな私のために命をかけて下さった、仏様の願いをお聞かせ頂くことこそ肝要です。

                                      

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