「修善も雑毒なるゆえに」  南水組明圓寺 西谷 浩暢

 

 

 10月半ば、大阪に住むさんから連絡があり、45年振りに会いました。

 帰省の目的は19才の時、事故で亡くなった同級生宅へ友人達と共にお参りするため。

 

 私は知っていました。Kさん達が毎年お参りの為に帰省し、10年目を迎える事を。

 

 そして迷いに迷った末、こんな話をしました。

 「彼方達の想いや行動はとても尊く、ご遺族方もすごく喜んでくれていると思う。

 

 ただねお参りした後、単なる同窓会になってしもうとらんか、考える時期に来とっかも知れんなぁと。

 

 亡くなって数年、お参りに来ていたのは3人。ところがいつの間にか増え、今年は10人以上になるかもとの事。

 

 実はKさん自身も「本当にこれでいいのだろうか?」と、ここ数年迷いや疑問を感じていたそうです。

 

 私は常々「人は二度亡くなる。一度目は休が滅んだ時、二度目は人々の記憶から消え去った時。二度も亡くさないでとお話していました。

 

 しかし、仕事がキツイ、育児が大変、失恋だの婚活だの色んな悩みを抱えながらも賑やかに報告する29才になった彼女達を目の当たりにした時、もし、娘が生きていたら今頃はきっと…」お母さんの心境は、察するに余りあります。

 ふと、親驚聖人の悲歎述懐和讚を思い出しました。

 悪性さらにやめがたし こころは蛇蝎のごとくなり

 修養も雑毒なるゆえに 虚仮の行とぞなづけたる

 「これからどうした方が一番いいのか。

 明日、最初に来ていた子達とじっくり相談してみます。」

 迷いから目覚めたような,そんなKさんの横顔が印象的でした。

 

 

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