「命の尊さ、命の美しさ、命の力強さ」 三根組聞法寺 平尾晴久

 

 

 あるご法座で、年老いた男性が、高校生になる孫娘がいるが、その高校生の母親・私の娘ですが、いまから十数年前、亡くなるまえに寝床にいながら、当時まだ幼い孫娘を枕元に呼んで孫の手を握りながら、話した言葉があると言うのであります。

 それは、次のような言葉でした。「人として一番尊い姿、人として一番美しい姿、人として一番力強い姿、それは、手を合わせることだからね。ちゃんと覚えておいてね」と孫娘の手を両手でつかんで、幼子に話をして、数日後に亡くなっていったということを、その老人はお話しされたとのことです。

 私の命は「吐く息吸う息が命」であります。この吐く息吸う息の刹那に私のすべてがあります。未来への、明日の命は縁欠不生であります。縁が欠けたら生まれないのであります。縁により生かされている私だと言うことに気づかされるのは、南無阿弥陀仏の呼び声に遇うほかないことであります。今すでに聞くことを、遠く宿縁をよろこべ」と教えてくださいます。

 若い母親が、幼い我が子に、尊くて、美しくて、力強い姿は、手を合わせることですよ」と言えたのは、この南無阿弥陀仏が「まこと」であるからであります。変わらぬもの、金剛心、真実心それを南無阿弥陀仏といただかせてもらうことであります。限られた命、吐く息吸う息の命を生きることが出来るのは弥陀の大悲にいだかれているからであります。尊い人生美しい人生力強い人生を歩んでいる高校生が今日あるのは、親の願いが届いているからではと味合わせていたくことです。南無阿弥陀仏

 

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